タモリさんを体癖的に読む|9種的な独自世界と、前に出ない支配力
最近、ヒカルさんやカジサックこと梶原雄太さんによる、いわゆる「タモリさんは面白くないのでは」という趣旨の発言が話題になっていました。
この話題、かなり炎上しやすいテーマだと思います。
なぜなら、タモリさんは長年テレビの第一線に立ち続けてきた大御所であり、多くの人にとって「好き嫌い」を超えた存在だからです。
一方で、ヒカルさん側の感覚も、まったく分からないわけではありません。
タモリさんは、明石家さんまさんのように爆発的に笑いを取りにいくタイプではありません。 ダウンタウン松本人志さんのように、鋭いボケや発想で一気に場をひっくり返すタイプでもありません。 有吉弘行さんのように、相手の急所を一言で刺すタイプでもありません。
だから、「分かりやすい爆笑」を期待して見ると、タモリさんの面白さは分かりにくい。
しかし、体癖論の視点から見ると、むしろそこにこそタモリさんの面白さがあるように思います。
タモリさんは、前に出て笑いを取りにいく人ではない。 強く場を支配しているようにも見えない。 それなのに、気づくと場全体がタモリさんの空気になっている。
今回の記事では、タモリさんを体癖論の視点から、一視聴者として考察してみます。
この記事の前提
体癖は「たいへき」と読みます。野口整体などで語られる、人の身体的特徴や感受性、行動傾向をもとにした分類の考え方です。
本記事は、タモリさんご本人の体癖を断定するものではありません。テレビ番組や公の場で見える身体的印象、言動、場の作り方などをもとに、「体癖的にこう見ると面白いのではないか」という一視聴者としての考察です。
また、ヒカルさん・梶原さんの発言そのものを批判する意図ではありません。むしろ、今回の話題をきっかけに、「面白い」とは何か、タモリさんの笑いはどのような種類の面白さなのかを考える記事です。
結論|タモリさんは「前に出ない支配力」の人
先に、今回の分析における暫定結論を出します。
タモリさんは、9種的な独自世界・観察眼を軸にしながら、4種的に場へ薄く溶け込み、1種的な距離感・俯瞰性で全体を眺める人。
もう少し短く言うなら、
自分の世界を持ちながら、それを押しつけず、場そのものを薄く変えてしまう人。
です。
今回あえて主軸を一つ選ぶなら、私は9種寄りで見ます。
ただし、タモリさんを「9種です」と強く断定するつもりはありません。
むしろ、タモリさんの面白さは、9種的な独自世界を持ちながら、それを濃く押しつけないところにあります。
テレビの場では、4種的に薄く場へ溶ける。 感情に乗りすぎず、1種的に距離を取る。 そして、必要な瞬間だけ、独自の視点で世界の見え方を少しずらす。
この複合が、タモリさんの「前に出ない支配力」なのではないかと思います。
「タモリさんは面白くない」は、半分だけ分かる
まず、炎上しそうな話題から入ります。
「タモリさんは面白くない」という感想は、言い方としてはかなり強いです。 ただ、もしその意味が、
- 爆笑を取りにいくタイプではない
- 自分からボケ倒すタイプではない
- 相手をいじり倒すタイプではない
- 分かりやすいオチを連発するタイプではない
という意味であれば、その感覚自体は理解できます。
タモリさんは、いわゆる「爆発的に笑わせる人」ではないと思います。
しかし、ここで大事なのは、笑いには種類があるということです。
たとえば、さんまさんの笑いは、場を高速で回転させる笑いです。 有吉さんの笑いは、相手の急所を刺して、場を一瞬で変える笑いです。 マツコさんの笑いは、世間の綺麗ごとを斜めからほどき、弱い側の居場所を残す笑いです。
では、タモリさんの笑いは何か。
私は、タモリさんの笑いは、
世界の見え方を少しずらす笑い
だと思います。
大きく爆発しない。 でも、見ている人の中に、妙な余韻が残る。
「あれ、なんか変だな」 「そんな見方があるのか」 「よく考えると、これっておかしいな」
そうやって、日常の見え方を少し変える。
これは、分かりやすい爆笑とは別の種類の面白さです。
身体的印象|コンパクト、脱力、前に押さない
まず、身体的印象から見ていきます。
タモリさんは、5種のように胸を張って前へ出る感じではありません。
5種は、体癖論では前後型の奇数です。 スピード感、前重心、合理性、動き続ける感じが特徴です。
鴨頭嘉人さんや中田敦彦さんの記事では、この5種的な前進力や戦場変更力をかなり強く見ました。
しかし、タモリさんには、その「前へ前へ」という押し出しは薄い。
また、7種的な「大きく見せる」「張り合う」「声で押す」感じとも違います。
タモリさんは、身体で圧をかけない。 自分を大きく見せない。 張り合わない。
むしろ、画面越しの身体印象としては、
- コンパクト
- 脱力している
- 動きが大げさではない
- 身体で場を押さない
- 目元をサングラスで隠し、表情の圧も消している
- それでも、場の中で消えない
という感じがあります。
この「大きく見せない」「コンパクトに存在する」「内側に独自の世界がある」印象は、9種的な身体感を連想させます。
9種的に見える「独自世界」
タモリさんを体癖的に見るとき、9種候補はかなり強いと思います。
理由は、タモリさんには明らかに独自世界があるからです。
鉄道。 坂道。 地形。 地図。 ジャズ。 空耳。 言葉遊び。 日常に潜む妙なもの。
タモリさんの関心は、テレビ的な王道の華やかさとは少し違います。
むしろ、普通なら見過ごされるような局所に入っていく。
ここは、かなり9種的です。
9種は、一つの対象に集注し、自分の納得やこだわりを大事にするタイプとして語られます。
ただし、タモリさんの場合、そのこだわりを濃く押しつけない。
ここが重要です。
9種的な人の中には、自分のこだわりを強く出し、周囲にもそれを求めるタイプもいます。 しかし、タモリさんは違います。
自分の世界はある。 でも、それを「分かれ」と押しつけない。 視聴者が気づいたら、その世界に入っている。
この淡さが、タモリさんらしい。
9種的な独自世界を持ちながら、それを薄く、遊びとして差し出す。
この感じが、タモリさんの面白さの核にあるように思います。
声と話し方|熱で押さず、温度を下げる
タモリさんの声は、場を盛り上げるために大きく張る声ではありません。
さんまさんのように、声と笑いで場を高速回転させるタイプではない。 中田さんのように、声の強弱で視聴者を結論へ運ぶタイプでもない。 有吉さんのように、短く刺す声でもない。
タモリさんの声は、もっと温度が低い。
低く、平らで、力が抜けている。 でも、聞いてしまう。
ここが面白いです。
普通、テレビの司会者は「前に出る声」を使います。 場を盛り上げる。 テンションを上げる。 笑いを取りにいく。
しかし、タモリさんは声で圧をかけない。
むしろ、タモリさんが話すと、場の温度が少し下がります。
ただし、それは冷たくなるという意味ではありません。
温度が下がることで、余白が生まれる。 過剰な感情が薄まる。 出演者が無理に面白いことを言わなくてよくなる。 変なものが、変なまま許される。
この「温度を下げて、場に余白を作る」感じは、4種・1種・9種の複合に見えます。
4種的な「場に溶ける力」
タモリさんには、4種的な要素もかなりあると思います。
4種は、左右型の偶数です。 感情表現が強くなく、相手の感情に同調しやすく、自分から強く主張するよりも、場に薄く作用するようなところがあります。
タモリさんの司会は、かなりこの方向に見えます。
強く命令しない。 声を張らない。 結論を押しつけない。 でも、場はタモリさんのテンポになる。
これは、4種的な「薄い支配」に近い。
ただし、タモリさんを4種主軸と見るには、少し違和感があります。
4種は、相手の感情が入ってきて、自分の感情が定まりにくいような面があります。 タモリさんは、相手に合わせているようで、かなり自分の距離を保っている。
同調しきらない。 感情に巻き込まれない。 むしろ、感情の過剰さを少し冷ます。
だから、タモリさんの4種性は、体癖の主軸というより、テレビの場での運用として出ているように見えます。
主軸は9種的な独自世界。 しかし、テレビの場では4種的に薄く溶けている。
この整理がしっくりきます。
1種的な「俯瞰」と「距離」
タモリさんには、1種的な距離感もあります。
1種は、上下型の奇数です。 頭脳型、観念、理知、原理原則、客観性、俯瞰といった方向を持ちます。
タモリさんは、感情に乗りすぎません。
大げさな感動に行かない。 善悪で裁かない。 流行に乗りすぎない。 相手の話を、一歩引いたところから眺める。
ここは、1種的です。
ただし、同じ1種的要素でも、中田敦彦さんとはまったく違います。
中田さんは、1種的に知識を構造化し、視聴者を導く人でした。
一方、タモリさんは、構造を説明しきらない。
見えている。 でも、全部は言わない。 言葉にしすぎない。 結論を急がない。
この「言い切らなさ」が、タモリさんの知性の特徴だと思います。
だから、タモリさんの1種性は、
構造化して教える知性ではなく、距離を取って余白を残す知性
に見えます。
6種的な脱力・浮遊感もあるが、主軸ではなさそう
タモリさんには、6種的な脱力や浮遊感も少し感じます。
6種は、前後型の偶数です。 陰、夢想、ロマン、浮遊感、小所帯のカリスマといった要素があります。
タモリさんには、確かに「現実から少しずれた遊び」の感じがあります。
タモリ倶楽部的な世界観などは、王道のテレビというより、少し横道にそれた遊びの空間でした。
ただ、6種主軸と見るには、陰やロマン、混沌、破滅性は薄い。
タモリさんは、脱力しているようで、かなり現実的です。 浮遊しているようで、場を壊さない。 無責任に見えて、番組の軸は外さない。
したがって、6種は補助的にはあるが、主軸ではなさそうです。
偶奇で見る|見え方は偶数的、芯は9種的な奇数か
次に、偶奇で見ます。
体癖では、1・3・5・7・9が奇数系、2・4・6・8・10が偶数系です。
奇数系は、エネルギーを凝縮し、それを外へ出す方向。 偶数系は、受ける、溜める、包む、待つ方向。
この見方をすると、タモリさんは少し難しいです。
一見すると、タモリさんは偶数系に見えます。
前に出ない。 受ける。 薄く場に溶ける。 強く押さない。
しかし、9種は奇数系でありながら、5種や7種のように分かりやすく前へ出るタイプではありません。
9種は、普段は静かに見えることがある。 内側に集注している。 必要な瞬間に、世界の見方を一気にずらす。
ここが、タモリさんにかなり合うように思います。
タモリさんは、普段は止まっているように見える。 脱力している。 何もしていないように見える。
でも、必要な瞬間に、妙な一言や視点で場を変える。
これは、5種的な連続スピードではありません。 7種的な闘争スピードでもありません。 3種的な気分の速さでもありません。
むしろ、
普段は静かに見えるが、瞬間的に世界の見方をずらす
という9種的な速さに近い。
したがって、偶奇で見ると、
見え方は偶数的だが、芯は9種的な奇数の可能性がある。
と考えます。
消去法で見る
ここからは、消去法でも見ていきます。
体癖分析では、いきなり「この人は何種」と決めるより、まず「これは薄そうだ」という候補を外していく方が、精度が上がることがあります。
1種|残す
俯瞰性、知性、距離感はかなりあります。
ただし、中田さんのような構造化・説明型の1種ではありません。
主軸というより、9種的な独自世界を支える距離感として残します。
2種|主軸ではなさそう
2種は、聞く力、義務遂行、過敏さ、頭の中で思考が鬱滞するような傾向があります。
タモリさんは「聞く人」ではありますが、2種的に一言一句を正確に受け取るというより、もっと感覚的に受け流しているように見えます。
よって、2種主軸は薄そうです。
3種|薄い
3種は、食、気分、感情、花、若々しさ、気分の変化が特徴です。
タモリさんにはユーモアはあります。 しかし、3種的な明るい花や、気分の波で場を動かす感じは主軸ではなさそうです。
4種|残す
場に薄く溶ける。 強く主張しない。 相手を受ける。 自己主張しないのに場を支配する。
このあたりは、かなり4種的です。
ただし、4種の感情同調・か細さ・定まらなさとは少し違うので、主軸というより運用面として残します。
5種|薄い
5種的な合理性や仕事の継続力はあるかもしれません。
しかし、前重心、スピード、戦場設計、動き続ける感じは薄い。
鴨頭さんや中田さんとはかなり違います。
6種|補助的に残す
脱力、浮遊感、少し現実からずれた遊びの感覚はあります。
ただし、6種の陰、ロマン、混沌、破滅性は主軸ではなさそうです。
7種|かなり薄い
7種は、張り合い、大声、自分を大きく見せる、観客の前で燃える、といった方向です。
タモリさんは、その反対に見えます。
張り合わない。 自分を大きく見せない。 場の中心にいても、中心であることを誇示しない。
7種主軸はかなり薄いと思います。
8種|一部あるが主軸ではなさそう
長く番組を続ける、場を大崩れさせない、という意味では8種的にも見えます。
ただ、8種の重い我慢、負けないための準備、努力の蓄積というより、タモリさんの場合は「脱力した継続」に見えます。
マツコさんの8種とはかなり違います。
9種|最有力候補
独自世界、局所への集注、趣味性、ニッチな視点、コンパクトな存在感。
ここはかなり強い。
ただし、典型的な9種のように、濃い執着を周囲に押しつける感じは薄い。
テレビ上では、かなり薄めて運用されている印象です。
10種|薄い
10種は、包容、世話、来る者拒まず去る者追わず、全方位の受容が特徴です。
タモリさんには大きな包容力はあります。
しかし、10種的に世話を焼くというより、場に余白を作る感じです。
したがって、10種主軸ではなさそうです。
消去法のまとめ
| 体癖 | タモリさんへの当てはまり |
|---|---|
| 1種 | 俯瞰・知性・距離感として残す。ただし構造化型ではない。 |
| 2種 | 聞く力はあるが、一言一句受ける2種的聞き方とは違う。薄い。 |
| 3種 | ユーモアはあるが、明るい花・気分の波は主軸ではない。 |
| 4種 | 場に薄く溶ける、受け流す、自己主張せず支配する点で強い。 |
| 5種 | 前進力・スピード・戦場設計は薄い。 |
| 6種 | 脱力・浮遊感はあるが、陰やロマンは主軸ではない。 |
| 7種 | 張り合い・大声・自分を大きく見せる感じは薄い。 |
| 8種 | 継続性はあるが、重い我慢や負けない戦略とは違う。 |
| 9種 | 独自世界・局所への集注・コンパクトな存在感で最有力。 |
| 10種 | 包容はあるが、世話・博愛・全方位受容とは違う。 |
現時点で残るのは、
9種、4種、1種。補助的に6種。
です。
主軸候補としては、9種が最も強い。 テレビ上の運用として4種。 知的距離感として1種。 脱力や浮遊感として6種。
この整理が、現時点では一番自然だと思います。
なぜタモリさんは「面白くない」と言われるのか
ここで、冒頭の話題に戻ります。
なぜタモリさんは「面白くない」と言われることがあるのか。
それは、タモリさんの面白さが、分かりやすい攻撃力を持っていないからだと思います。
たとえば、7種的な笑いは分かりやすい。 張り合う。 大きく出る。 相手を倒す。 場を燃やす。
5種的な笑いも分かりやすい。 テンポがある。 前に進む。 展開が速い。 分かりやすく場を動かす。
3種的な笑いも分かりやすい。 明るい。 感情が動く。 場が華やぐ。
しかし、タモリさんの笑いは、それらとは違います。
タモリさんは、場を燃やさない。 相手を倒さない。 大きく出ない。 華やかに感情を動かさない。
むしろ、場の温度を少し下げる。
その結果、日常の変なところが見えてくる。 人の過剰さが少し薄まる。 誰も気にしていなかったものが、急に面白く見える。
これは、爆笑型の面白さではありません。
でも、かなり高度な面白さです。
タモリさんは、人を笑わせるというより、世界の見え方を少し変える人。
この視点で見ると、「面白くない」という評価は、タモリさんの笑いの種類を取り違えている可能性があります。
「いじらない笑い」の強さ
今回の論争で重要なのは、ヒカルさん側が「いじる笑いが好き」という趣旨を述べていた点です。
これはかなり大事な観点です。
いじる笑いが好きな人から見ると、タモリさんの笑いは分かりにくい。
タモリさんは、人を強くいじらない。 相手の弱点をえぐらない。 分かりやすく上下を作らない。 「お前、変だな」と強く押さない。
でも、タモリさんの前では、なぜか人の変さが出る。
これは「いじる」のではなく、「出てくる」のです。
相手を無理に面白くするのではなく、相手の中にある変な部分が自然に出るような場を作る。
ここがタモリさんのすごさだと思います。
これは、4種的な場への溶け方と、9種的な独自視点の組み合わせで説明しやすい。
強くいじるのではない。 でも、変なものを見逃さない。 相手を追い詰めない。 でも、日常のズレを浮かび上がらせる。
この「いじらない笑い」は、分かりにくいけれど、長く効きます。
「前に出ない支配力」とは何か
タモリさんの本質を一言でいうなら、私は、
前に出ない支配力
だと思います。
普通、支配力というと、
- 強い声
- 明確な指示
- 圧のある存在感
- 鋭いツッコミ
- 感動的な言葉
- 分かりやすいリーダーシップ
を想像します。
でも、タモリさんの支配力は違います。
何もしないように見える。 でも、場がタモリさんのテンポになる。 相手が勝手に面白くなる。 過剰な感情が少し薄まる。 変なものが変なまま許される。 結論を急がなくなる。
これはかなり独特です。
9種的な独自世界があり、4種的に場へ溶け込み、1種的に距離を取る。
この三つが合わさると、「前に出ない支配力」になるのではないかと思います。
これまで分析した人物との比較
ここで、これまで分析した人物と比較すると、タモリさんの立ち位置が見えやすくなります。
鴨頭嘉人さん
鴨頭さんは、5種的な前進力・熱量・戦場変更の人として見ました。
熱で場を前へ動かす人です。
マツコ・デラックスさん
マツコさんは、8種的に斜に構えながら、弱い側に立つ人として見ました。
毒の奥に情があり、弱い側の居場所を少し残す人です。
有吉弘行さん
有吉さんは、9種的な急所感を、8種的な距離感と5種的生存戦略で使う人として見ました。
一言で場の急所を刺す人です。
中田敦彦さん
中田さんは、1種的構造化、5種的戦場設計、7種的舞台性の人として見ました。
知識を舞台化して人を導く人です。
タモリさん
タモリさんは、これまでの4人と比べると、最も「押さない」人です。
鴨頭さんは押す。 中田さんは導く。 有吉さんは刺す。 マツコさんは受けて返す。 タモリさんは、薄くそこにいる。
でも、薄くそこにいるだけで場が変わる。
ここがタモリさんのすごさです。
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今回の結論|タモリさんは「面白くない」のではなく、面白さの種類が違う
ここまで見てきたことをまとめると、今回の分析における結論はこうです。
タモリさんは、9種的な独自世界・局所への集注・観察眼を強く持っているように見える。
ただし、9種のこだわりを濃く押しつけるのではなく、4種的に場へ薄く溶け、1種的な距離感で全体を眺めることで、テレビの場に適した形へ変換している。
補助的には6種的な脱力や浮遊感もあるが、主軸は9種寄りと見るのが現時点では自然である。
一言で言えば、
自分の世界を持ちながら、それを押しつけず、場そのものを薄く変えてしまう人。
です。
だから、タモリさんを「面白くない」と感じる人がいるのは、ある意味では分かります。
タモリさんは、分かりやすく爆笑を取りにいく人ではないからです。
でも、それは「面白くない」というより、面白さの種類が違うのだと思います。
タモリさんの面白さは、爆発ではなく、余白です。 攻撃ではなく、ズレです。 いじりではなく、観察です。 前に出る支配ではなく、前に出ない支配です。
この笑いをどう受け取るかは、もちろん人それぞれです。
ただ、体癖的に見ると、タモリさんの面白さは、非常に高度で、かなり独特です。
そして、その独特さこそが、長年テレビの中心にいながら、なお「タモリさんらしさ」として残り続けている理由なのではないかと思います。
まとめ|タモリさんは、世界の見え方を少し変える人
タモリさんを体癖的に見ると、単なる「司会者」や「大御所」では終わりません。
9種的な独自世界。 4種的な場への溶け方。 1種的な距離感。 6種的な脱力感。
これらが重なって、あの独特の存在感ができているように見えます。
強く押さない。 でも、場が変わる。 笑わせにいかない。 でも、世界が少し変に見えてくる。
そこに、タモリさんの体癖的な面白さがあると思います。
もちろん、これはあくまで一視聴者としての考察です。 本人の本当の体癖や内面は、本人にしか分かりません。
ただ、体癖分析は、最初から正解を当てるものではなく、観察し、比較し、仮説を立て、新しい情報が出たら修正していくものだと思います。
今回のタモリさん分析では、ひとまず、
タモリさんは、9種的な独自世界を持ちながら、4種的に場へ薄く溶け、1種的な距離感で前に出ない支配力を発揮する人。
という仮説で見てみました。
今後、ブラタモリ、タモリ倶楽部、いいとも、対談番組などを改めて観察すると、また別の見え方が出てくるかもしれません。
そのたびに仮説を修正していく。
そういう余白を残しておくこと自体が、体癖という人間観察の面白さなのだと思います。
