マツコ・デラックスさんを体癖的に読む|8種的な「斜めの優しさ」と、弱さを見捨てない強さ
テレビを見ていて、「この人の言葉は、なぜこんなに刺さるのだろう」と感じる人がいます。
私にとって、マツコ・デラックスさんはその一人です。
毒舌で、斜に構えていて、どこかひねくれている。
でも、不思議と冷たくない。
むしろ、最後には弱い側、言葉を持たない側、世間から少し外れた側に立ってくれるような安心感があります。
私はマツコさんご本人と直接関係があるわけではありません。
ただ、テレビやYouTubeなどでその発言や番組を拝見し、マツコさんやマツコさんの番組が好きな一視聴者として、陰ながら楽しませていただいています。
その上で、体癖論の視点から見ると、マツコさんはかなり8種的に見えるのではないかと思いました。
この記事の前提
体癖とは、野口整体などで語られる、人の身体的・感受性的な傾向をもとにした分類の考え方です。身体の使い方、感情の動き方、行動パターン、物事への反応の仕方などから、人の傾向を見ていきます。
ただし、本記事はマツコ・デラックスさんご本人の体癖を断定するものではありません。あくまで、公開されている発言や番組上の印象をもとに、「体癖でいう8種的に見える部分があるのではないか」という一視聴者としての考察です。
マツコさんは「8種的」に見える
まず結論から言うと、マツコさんは、体癖でいう8種的な要素がかなり強く出ているように見えます。
8種は、ねじれ型の偶数側です。
7種が比較的ストレートに「勝つ」「張り合う」「ぶつかる」方向に出るとすれば、8種はもう少し陰性です。
真正面から「私が勝つ」と言うより、
「いや、それは違うんじゃない?」
「そんなに単純じゃないでしょ」
「綺麗ごと言ってるけど、本当はこうでしょ」
と、斜めから物事を見る。
この「斜めから見る力」が、マツコさんのコメント力の核にあるように感じます。
ただし、単に斜に構えた毒舌の人、というだけではありません。
マツコさんの魅力は、むしろ次のようなところにあると思います。
斜に構えながら、最後は弱い側に立つ。
ひねくれて見せながら、本質的には情が深い。
負けたくないが、勝ち誇ることも嫌う。
世の中を疑いながら、人間のどうしようもなさを見捨てない。
このあたりが、とても8種的に見えるのです。
8種は「負けず嫌い」だが、勝ち誇ることも嫌う
8種は、負けず嫌いです。
ただし、7種のように「勝ったぞ!」と前に出る勝ち方とは違います。
7種は、相手に勝ちたい。
正面からぶつかって、押し切りたい。
場合によっては、相手を完全に倒すところまで行きたくなる。
一方、8種は、勝つこと以上に負けないことを重視するように見えます。
負けるのは嫌い。
でも、勝ち誇る姿も嫌う。
相手をコテンパンにして、自分が上に立つことにも、どこか抵抗がある。
この感覚は、マツコさんのテレビ上の立ち位置とかなり重なります。
マツコさんは、明らかに強い人です。
コメント力もある。
番組を成立させる力もある。
テレビの中心に立てる存在感もある。
それでも、「私は勝者です」と前に出る感じがあまりありません。
むしろ、少し自分を下げた場所から、世の中を眺めているように見える。
「アタシなんてさ」
「どうせさ」
「世の中そんなもんよ」
そういう、どこか斜めの位置から語る感じがあります。
勝っているのに、勝者の席に座りきらない。
強いのに、強者として振る舞いきらない。
ここが、マツコさんの不思議な魅力だと思います。
8種のねじれは「上半身で殴る」より「下半身で踏ん張る」感じ
体癖論では、7種も8種も「ねじれ型」とされます。
ただし、8種は7種のように上半身でねじって前に出るタイプというより、下半身側にねじれや粘りが出るタイプとして捉えた方が自然です。
この点は、マツコさんを見る上でも重要だと思います。
マツコさんの強さは、瞬間的に前へ出て相手を殴り倒すような強さではありません。
どちらかと言えば、どっしり受ける。
重心を落として、相手の言葉をいったん受ける。
その上で、ためて、斜めから返す。
真正面から攻めるというより、簡単には動かない。
でも、いざ言葉を出すと、その一言で場の角度が変わる。
この受けて、ためて、斜めから返す感じが、マツコさんの8種的な印象につながっているのではないかと思います。
マツコさんの「あまのじゃく性」
8種的な人は、かなりあまのじゃくです。
世間が盛り上がっていると、少し冷めた目で見る。
みんなが「これが正しい」と言っていると、「本当にそう?」と疑う。
逆に、みんなが馬鹿にしているものに対しては、「でも、私は分かるけどね」と言う。
マツコさんにも、このあまのじゃく性を感じます。
流行や権威に、簡単にはひれ伏さない。
分かりやすい正論や、綺麗な成功談を、そのまま飲み込まない。
しかし一方で、世間から少しズレた人、地味だけれど強いこだわりを持つ人、うまく言葉にできない偏愛を抱えた人には、かなり深い敬意を払う。
その意味で、『マツコの知らない世界』という番組は、マツコさんの8種的な魅力がよく出ている番組だと思います。
あの番組では、特定の分野に強烈な情熱を持つ人たちが登場します。
普通なら「変な人」「マニアックな人」で終わってしまうような人たちです。
でもマツコさんは、その人たちをただ面白がるだけではありません。
一度、疑う。
茶化す。
突っ込む。
少し距離を取る。
でも、最後にはその人の世界を成立させてしまう。
ここに、マツコさんのあまのじゃくな優しさがあります。
弱い者の味方になれる人
8種的な人は、単に反抗的なだけではありません。
本質的には、弱い側、踏まれている側、言葉を持たない側への情が深いことがあります。
ただし、その助け方は、10種のように大きく包み込むものではありません。
3種のように明るく励ますものでもない。
4種のように相手の感情に静かに同調するものでもない。
8種の助け方は、たとえばこういう形になりやすい。
「あんた、そんなに自分を責めなくていいわよ」
「それ、世間の方がおかしいんじゃない?」
「あんたみたいな人がいてもいいのよ」
マツコさんの優しさは、まさにこの方向に見えます。
甘やかすのではなく、現実を見た上で、その人の居場所を少し確保する。
綺麗ごとで励ますのではなく、世間の残酷さを認めた上で、それでも「あんたはあんたでいい」と言う。
だから、マツコさんの言葉は、単なる慰めより強い。
弱さを否定しない。
でも、弱さを美化もしない。
むしろ、弱さを抱えたまま生きていくための言葉を出す。
ここは非常に8種的です。
マツコさんの毒舌は「攻撃」より「防衛」に近い
マツコさんの言葉は、毒舌と呼ばれることがあります。
実際、かなり鋭いことを言います。
ただ、マツコさんの毒舌は、相手を潰すための攻撃というより、どちらかというと防衛に近いのではないかと思います。
誰を防衛しているのか。
- 自分自身
- 弱い人
- 変な人
- 世間からズレた人
- 本音を言えない人
- 綺麗ごとに押し潰されそうな人
こうした人たちの側に、少し空気穴を開けるための毒。
世間が「こうあるべき」と言う。
社会が「普通はこう」と決める。
テレビが「正しいリアクション」を求める。
そこに対して、マツコさんは毒を吐く。
それは、単に反抗したいからではなく、世間の圧に対して、少しだけ風穴を開けるための毒なのではないかと思います。
8種の毒は、相手を殺す毒ではなく、硬直した場を腐らせないための毒にもなります。
ここが、マツコさんのコメントが多くの人に受け入れられる理由の一つではないでしょうか。
マツコさんは「普通」を信じていない
マツコさんは、おそらく「普通」というものをあまり信じていないように見えます。
普通の幸せ。
普通の人生。
普通の成功。
普通の恋愛。
普通の家族。
普通の正しさ。
こうしたものを、どこか疑っている。
だからこそ、マツコさんの言葉には、普通に生きられなかった人、普通に馴染めなかった人、普通の枠に入るのが苦しかった人への届き方があります。
テレビの中心にいながら、中心に染まりきらない。
人気者でありながら、人気者の側に完全には立たない。
強い立場にいながら、強い立場の正論をそのまま言わない。
この二重性が、マツコさんの強さだと思います。
辛抱強く、相手の話を聞く力
8種は、身体の鈍さや我慢強さを持つタイプとして語られます。
この「我慢強さ」は、マツコさんの番組上の振る舞いにも見える気がします。
マツコさんは、強い言葉を使う一方で、実は相手の話をよく聞いています。
相手の話が少し変でも、すぐに切らない。
一度泳がせる。
様子を見る。
その人の偏愛や弱さが見えてきたところで、言葉を差し込む。
これは、瞬発力だけではできません。
特に『マツコの知らない世界』のような番組では、ゲストのこだわりを一度受け止める必要があります。
突っ込みすぎれば壊れる。
受け入れすぎれば番組として弱くなる。
その絶妙なバランスを保ちながら、相手の世界を視聴者に見せていく。
ここにも、8種的な辛抱強さと、相手を簡単に切り捨てない姿勢があるように感じます。
4種的な同調とは違う
マツコさんには、相手の気持ちをすくい上げる力があります。
そのため、4種的に見える部分もあります。
ただ、私は主軸は4種ではなく、8種だと思います。
4種は、相手の感情に静かに同調しやすい。
場の空気を吸い込み、相手の気持ちを受けて、自分も揺れる。
マツコさんも相手の感情がよく分かります。
でも、同調しきらない。
相手の話を聞きながらも、必ず少し距離を残す。
「分かるわよ」と言いながら、 「でも、それはあんたも悪いわよ」と言える。
慰めながら、現実も突きつける。
ここは4種より8種的です。
相手に飲み込まれない。
相手の側に立ちながらも、完全には同化しない。
そこに、マツコさんの強さがあります。
10種的な包容とも違う
マツコさんには、大きな包容力もあります。
そのため、10種的に見える場面もあるかもしれません。
ただ、10種の包容は、もっと大きく受け入れる感じです。
「いいじゃない、全部まとめておいで」
という器の大きさ。
一方、マツコさんの場合は、包み込むというより、隣で踏ん張る感じがあります。
「世の中きついわよ」
「そんなに甘くないわよ」
「でも、あんたはあんたでやるしかないのよ」
10種が母性的な大きな器だとすれば、8種は、同じ地面に足をめり込ませて立ってくれる人です。
マツコさんの安心感は、ふわっと包む安心感ではなく、重くて現実的な安心感です。
7種との違い|相手を倒すより、足場をずらす
7種との違いも重要です。
7種は、張り合いが前に出ます。
相手に勝つ。 正面からぶつかる。 自分の強さを見せる。
マツコさんにも負けず嫌いはあります。
しかし、正面から勝ちに行くより、斜めから刺す。
相手が「こうです」と言う。 その瞬間に、「いや、そこじゃないのよ」と、論点を少しずらす。
それによって、相手の盲点が見える。
7種は相手を倒す。 8種は相手の足場をずらす。
マツコさんのコメントは、まさにこの「足場をずらすコメント」に見えます。
マツコさんの魅力は「弱さを知っている強さ」
マツコさんの魅力を一言で言うなら、弱さを知っている強さだと思います。
強い人だけれど、強い側に立ちきらない。
売れている人だけれど、売れている側の正論に乗りきらない。
毒を吐く人だけれど、弱い人を踏みつけない。
むしろ、弱さ、みっともなさ、ずるさ、寂しさ、ひがみ、嫉妬、諦めのような、人間の暗い部分をよく知っている。
そして、それを綺麗にしすぎない。
ここが、とても8種的です。
3種なら、明るくしてくれる。
5種なら、前に進ませてくれる。
10種なら、包んでくれる。
8種は、こちらのねじれや暗さを見ても、簡単には引かない。
「あんた、そういうところあるわよね」
「でも、まあ人間なんてそんなもんよ」
と、どこかで許してくれる。
マツコさんの安心感は、そこにあるのだと思います。
まとめ|マツコさんは「世の中を疑いながら、人間を見捨てない」人
今回の考察をまとめると、私の見立てはこうです。
マツコ・デラックスさんは、体癖でいう8種的な要素がかなり強く見える人です。
斜に構える。
あまのじゃく。
負けるのは嫌い。
でも、勝ち誇ることも嫌う。
どっしり受けて、ためて、斜めから返す。
弱い側、踏まれている側、言葉を持たない側への情が深い。
ただし、単に反抗的な人ではありません。
マツコさんのすごさは、世の中を疑いながら、人間のどうしようもなさを見捨てないところにあります。
綺麗ごとを信じすぎない。 普通を疑う。 成功者の側に立ちきらない。 弱さを否定しない。 でも、弱さを美化もしない。
その上で、
「それでも、あんたはあんたでいいんじゃない?」
と言ってくれるような安心感がある。
これが、マツコさんの8種的な優しさなのではないかと思います。
もちろん、これはあくまで一視聴者としての考察です。 本人の本当の内面は、本人にしか分かりません。
ただ、体癖論という視点を通すことで、マツコさんの魅力が少し立体的に見えてくる気がします。
毒舌なのに、傷つかない。 斜に構えているのに、冷たくない。 ひねくれているようで、情が深い。
だからこそ、私はマツコさんの言葉や番組を、これからも楽しみに見ていきたいと思います。
