所ジョージさんを体癖的に読む|3種的な軽さと、大人の秘密基地・世田谷ベース
所ジョージさんを体癖的に分析するに当たって、今回は少し遠回りしました。
最初は、所さんの「遊び心」「力まなさ」「世田谷ベースの浮遊感」から、6種的な人なのではないかと考えました。
たしかに、所さんには、いかにも力が抜けた雰囲気があります。
- 勝負している感じが薄い。
- 説教臭くない。
- 必死感がない。
- 深刻になりすぎない。
- 世間的な成功や競争から、少し離れたところで遊んでいるように見える。
この印象だけを見ると、6種的な遊び心や浮遊感を連想したくなります。
しかし、改めて体癖の基準に照らして考えると、所さんを6種主軸と見るのは、少し違うのではないかと思うようになりました。
6種は、単なる「遊び好き」ではありません。
後傾、陰、夢想性、現実から少し離れる感じ、ルーチンの弱さ、朝の苦手さのような要素が重要になります。
ところが、所さんの遊びは、そうした陰のある夢想というより、もっと明るく、現実のモノに触り、暮らしの中で面白がり、番組や場にしていく方向に見えます。
また、世田谷ベースも、単に5種的な合理性の場というより、むしろ「男の子の秘密基地」「大人のおもちゃ箱」と見る方が自然です。
- 好きなものがある。
- 車がある。
- バイクがある。
- 工具がある。
- 雑貨がある。
- 服がある。
- 音楽がある。
- 変な工夫がある。
- そして、そこに人やアイデアが集まってくる。
今回は、最初の見立てを修正する過程も含めて、所ジョージさんを体癖論の視点から一視聴者として考察してみます。
この記事の前提
体癖は「たいへき」と読みます。野口整体などで語られる、人の身体的特徴や感受性、行動傾向をもとにした分類の考え方です。
本記事は、所ジョージさんご本人の体癖を断定するものではありません。テレビ番組、公の場で見える言動、世田谷ベース的な暮らし方、モノへの関わり方などを材料に、「体癖的にこう見ると面白いのではないか」という一視聴者としての考察です。
また、体癖分析は一度で正解を決めるものではなく、新しい情報や観察材料が増えるたびに、仮説を修正しながら精度を上げていくものだと考えています。今回の記事では、まさに「6種ではないか」という初期仮説を見直す過程も含めて整理します。
- 結論|所さんは、6種的な遊び心より、3種的な軽さで見る方が自然ではないか
- 重要な注意|5種と6種を安易に足し算しない
- 最初は、所さんを6種的に見たくなった
- 所さんの遊びは、陰のある夢想ではなく、明るい現実接触である
- 主軸候補は3種|日常を面白がる軽さ
- 所さんの3種は「華」より「機嫌のよさ」
- 世田谷ベースは、5種的合理性ではなく「大人のおもちゃ箱」
- 世田谷ベースの3種性|楽しいものがいっぱいある
- 世田谷ベースの9種性|自分だけの偏愛世界
- 世田谷ベースの10種性|人やモノが集まる場
- では、5種はどこにあるのか
- 長寿番組が多い理由|頑張らせない場を作る
- 1種的な生活思想もある
- 7種・8種は主軸ではなさそう
- 偶奇で見る|奇数の軽さと、偶数の場
- 消去法で見る
- 消去法のまとめ
- さんまさんとの比較|熱い3種と、軽い3種
- 黒柳徹子さんとの比較|部屋とベース
- 宮崎駿さんとの比較|世界を作り込む人、暮らしを面白がる人
- 大谷翔平さんとの比較|一点集中と、暮らしの遊び場
- タモリさんとの比較|余白と、おもちゃ箱
- 今回の暫定結論
- まとめ|所さんは、暮らしを「大人のおもちゃ箱」に変える人
結論|所さんは、6種的な遊び心より、3種的な軽さで見る方が自然ではないか
まず、現時点での私の仮説を先に出します。
所ジョージさんは、主軸候補としては3種的な軽さ・好奇心・子ども性が最も自然に見える。
世田谷ベースは、5種的合理性の場というより、「男の子の秘密基地」「大人のおもちゃ箱」として、3種的な面白がり、9種的な趣味の偏愛、10種的な場づくりが重なっている。
5種的要素は、遊びやアイデアを番組・モノ・生活運用へ現実化する働きとして限定的に見る。
6種的に見える部分もあるが、6種が持つ陰・後傾・夢想性とは質が違うため、主軸候補からは下げたい。
短く言えば、
所さんは、日常を面白がる3種的な軽さで、大人の秘密基地を作り、そこに人やモノやアイデアが集まってくる人。
です。
ここで大事なのは、最初の「6種っぽい」という印象を完全に捨てるのではなく、なぜそう見えたのかを整理し、その上で主軸候補を修正することです。
体癖分析は、いきなり正解を当てるものではありません。
身体、言動、場の作り方、仕事の続け方、周囲との関係を見ながら、仮説を少しずつ修正していくものだと思います。
今回の所さん分析は、その意味でも良い題材になります。
重要な注意|5種と6種を安易に足し算しない
今回、特に注意したい点があります。
それは、5種と6種を安易に「複合」として足し算しないことです。
5種と6種は、同じ前後型です。
5種は、前へ進む力、活動性、スピード、実用性、現実を動かす力が強く出やすい。
一方、6種は、同じ前後型でも、後傾、陰、夢想性、現実から少し離れる感覚が出やすい。
したがって、所さんについて、
- 遊び心があるから6種
- モノや番組にしているから5種
と単純に足し算してしまうと、体癖分析としては雑になります。
今回の記事では、5種は主軸としてではなく、あくまで、
3種的な好奇心や9種的な偏愛を、現実の番組・モノ・暮らしへ変換する働き
として限定的に扱います。
また、6種についても、所さんの力まなさを説明する候補として一度は検討しつつ、最終的には主軸から下げます。
この修正過程そのものが、今回の記事のポイントです。
最初は、所さんを6種的に見たくなった
所さんを見ると、まず感じるのは「力が抜けている」ということです。
歯を食いしばっている感じがない。
勝とうとしているように見えない。
肩に力が入っていない。
それなのに、ずっとテレビに出続けている。
これはかなり不思議です。
芸能界で長く第一線にいる人の多くは、どこかに強い勝負感や緊張感があります。
さんまさんなら、笑いで負けない7種的な意地。
宮崎駿さんなら、作品の基準で譲らない7種的な怒り。
ひろゆきさんなら、論戦で逃がさないねじれ型の追及力。
しかし、所さんはそういう張り合い方には見えません。
むしろ、
面白そうだからやってみる。
気になったから触ってみる。
形にしたら楽しい。
それを見ている人も楽しくなる。
という感じです。
この力みのなさから、最初は6種的な遊び心を疑いました。
しかし、6種を丁寧に見直すと、そこには陰や後傾、夢想性、現実から少し離れる感じが重要になります。
所さんの遊びは、そこまで陰ではありません。
現実から逃げるための夢想でもありません。
むしろ、目の前のモノに触り、いじり、暮らしの中で面白くしていく。
だから、6種主軸というより、3種的な軽さと好奇心で見た方が自然だと思うようになりました。
所さんの遊びは、陰のある夢想ではなく、明るい現実接触である
ここが、所さんを6種から3種へ見直した最大の理由です。
6種的な遊びは、現実から少し離れて、夢想やロマンの方へ向かいやすい。
一方、所さんの遊びは、かなり現実接触型です。
- 車を触る。
- バイクをいじる。
- 工具を使う。
- 雑貨を並べる。
- 服を着る。
- 音楽を作る。
- ガレージを整える。
- 生活の中で使う。
- 番組として見せる。
これは、夢想の中に漂っているというより、現実のモノと遊んでいる感じです。
しかも、その遊びに陰が少ない。
「現実が苦しいから夢へ逃げる」のではなく、
現実の中に、面白がれるものをどんどん見つけていく。
という方向です。
これはかなり3種的です。
所さんの軽さは、6種の浮遊感というより、3種の機嫌の良さに近いのではないか。
今回の再検討では、ここが一番大きな修正点です。
主軸候補は3種|日常を面白がる軽さ
所さんの主軸候補として、現時点で一番自然なのは3種です。
3種は、左右型・消化器型の奇数です。
明るさ、好奇心、気分、軽さ、面白がる力、子ども性、場をふわっと明るくする力が出やすい。
所さんには、この3種的な軽さがあります。
- 深刻にしない。
- 大げさにしない。
- 説教しない。
- でも、つまらなくもしない。
- 日常のどうでもよさそうなものを、面白く見せる。
所さんの魅力は、まさにここだと思います。
「これはすごい思想です」ではない。
「これは人生の答えです」でもない。
「これ、面白くない?」という感じ。
この軽さが、所さんの入口です。
ただし、同じ3種でも、さんまさんや黒柳徹子さんとは出方が違います。
さんまさんは、会話と笑いで場を燃やす3種。
黒柳徹子さんは、華と好奇心で人を部屋に招く3種。
所さんは、日常とモノを面白がる3種です。
同じ3種的な明るさでも、かなり違う。
所さんの3種は「華」より「機嫌のよさ」
所さんには、黒柳さんのような華やかな様式性はそこまでありません。
さんまさんのように、会話量で場を燃やす感じもありません。
所さんの3種は、もっと日常的です。
- 機嫌がいい
- 軽い
- 肩に力が入っていない
- 面白がる
- 相手を緊張させない
- 生活の中で楽しみを見つける
この「機嫌のよさ」が、所さんの3種性だと思います。
たとえば、世田谷ベース的な世界は、すごいコレクションや趣味の集積ではあります。
しかし、見え方としては「権威あるコレクター」ではありません。
「これ、いいでしょ」
「こうしたら面白いでしょ」
「こういうの好きなんだよね」
という感じです。
この軽さがあるから、所さんの趣味は閉じたマニア性になりにくい。
こだわりはある。
でも、重くない。
人に見せても、押しつけになりにくい。
ここが所さんらしいです。
世田谷ベースは、5種的合理性ではなく「大人のおもちゃ箱」
所さんを語る上で、世田谷ベースは外せません。
BSフジの公式サイトでは、『所さんの世田谷ベース』について、所さん的なモノの考え方、ひらめいた遊び、世の中の楽しみ方を発信する情報基地と説明されています。
また、番組では、車、バイク、フィギュア、雑貨、DIYなどとともに、所さんの頭に日々浮かぶアイデアや、生活を面白くするヒントを紹介し、見る人の中に眠っている「遊びの心」を刺激する番組とされています。出典
この説明だけでも、世田谷ベースが単なるガレージではないことが分かります。
ただし、ここで注意したいのは、世田谷ベースをすぐに5種的合理性の場と見ないことです。
「男の子の秘密基地」
「大人のおもちゃ箱」
「好きなものが詰まったガレージ」
こういう認識の方が、所さんらしさに近いと思います。
そして、この「おもちゃ箱」感は、5種というより、まず3種・9種・10種で見た方が自然です。
世田谷ベースの3種性|楽しいものがいっぱいある
まず、世田谷ベースには3種的な子ども性があります。
おもちゃ箱のように、楽しいものがいっぱいある。
車、バイク、工具、雑貨、服、模型、音楽、変な道具。
大人になっても、好きなものを広げて遊んでいる。
これは、かなり3種的です。
子どもが、自分の好きなおもちゃを並べている感じに近い。
ただし、子どもっぽいといっても、幼稚という意味ではありません。
大人の経済力と経験を使って、子どもの好奇心を失わずに遊んでいる。
ここが所さんの魅力です。
普通は大人になると、遊びが狭くなります。
仕事、家庭、責任、年齢、世間体によって、好きなものを素直に好きと言いにくくなる。
でも、所さんはそこをあまり縮めない。
ここに、3種的な若さがあります。
世田谷ベースの9種性|自分だけの偏愛世界
一方、世田谷ベースには9種的な偏愛もあります。
好きなものが集まっている。
細部にこだわる。
自分の基準で選ぶ。
世間的価値より、自分が面白いかどうかで置く。
自分だけの世界を作る。
これは9種的です。
ただし、宮崎駿さんのような「納得できるまで作り込まないと終われない9種」ではありません。
大谷翔平さんのような「生活全体を一点へ統制する9種」でもありません。
岡田斗司夫さんのような「対象を解剖して語る9種」でもありません。
所さんの9種は、もっと軽い偏愛です。
好きだから置く。
面白いからいじる。
気に入ったから集める。
自分の世界だけど、重く閉じない。
つまり、所さんの9種性は、主軸というより、趣味の偏愛として出る表情です。
世田谷ベースの10種性|人やモノが集まる場
世田谷ベースには、10種的な場の機能もあります。
10種は、開閉型の偶数です。
人を受け入れる、場を作る、いろいろなものを集める、来る者を受け止めるような方向があります。
世田谷ベースは、閉じた秘密基地でありながら、完全には閉じていません。
番組になる。
視聴者が見る。
スタッフが来る。
ゲストが来る。
モノが集まる。
アイデアが集まる。
遊び方が共有される。
つまり、単なる個人の趣味部屋ではなく、人やモノやアイデアが寄ってくる場になっています。
ここは10種的です。
ただし、所さん本人を10種主軸と断定するというより、世田谷ベースという場に10種的機能が現れていると見るのがよいと思います。
黒柳徹子さんの『徹子の部屋』が、人の人生を受け止める10種的な部屋だとすれば、所さんの世田谷ベースは、モノと遊びと人が集まる10種的な基地です。
では、5種はどこにあるのか
5種を完全に消す必要はありません。
ただし、5種は「世田谷ベース=秘密基地だから」ではなく、遊びを現実に回している働きとして見るべきです。
所さんは、ただ「これ面白いな」と思うだけで終わりません。
- 番組にする
- 生活に取り入れる
- モノとして作る
- 道具として使う
- 人に見せる
- 企画にする
- 仕事にする
ここは5種的です。
5種は、現実を動かす力があります。
スピード、活動性、具体化、実用化、処理能力があります。
所さんの遊びは、現実のモノや番組に変換されている。
ここに5種的な働きはあります。
ただし、所さんを5種主軸にすると、少し違和感があります。
5種主軸なら、もっと競争、効率、勝てる場所、合理的な最短距離が前に出やすい。
所さんは、そこまでギラギラしていません。
だから、5種は主軸ではなく、
3種的な好奇心や9種的な偏愛を、現実の番組・モノ・暮らしへ変換する補助機能
として見るのがよいと思います。
長寿番組が多い理由|頑張らせない場を作る
所さんの番組は、長く続いているものが多いです。
『所さんの目がテン!』は1989年10月に始まった科学バラエティ番組として紹介されています。出典
また、『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』は1996年7月開始の長寿番組として紹介されています。出典
これだけ長く続く番組を複数持っている時点で、所さんは非常に強い仕事人です。
しかし、その見え方は、必死に走り続ける感じではありません。
場を燃やし尽くさない。
相手を追い詰めない。
視聴者を説教しない。
でも、なぜか見ていられる。
これは、所さんが「頑張らせない場」を作るからではないかと思います。
さんまさんの場は、笑いの熱量が高い。
黒柳さんの場は、部屋に招く包容力がある。
所さんの場は、縁側やガレージのようです。
来てもいいし、帰ってもいい。
興味があれば覗けばいい。
面白ければ真似すればいい。
真面目に学ばなくてもいい。
この「頑張らせない場」が、所さんの強さだと思います。
1種的な生活思想もある
所さんには、意外と1種的な思想もあります。
ただ遊んでいるだけに見えて、実は「暮らし方」についてかなり明確な姿勢があるように感じます。
自分の生活に自分で関わる。
人任せにしない。
年相応に縮こまらない。
面白いと思ったものに触る。
自分でやってみる。
わかるまでいじる。
生活を他人の基準でつまらなくしない。
これは、所さんの生活思想です。
ただし、1種主軸ではありません。
所さんは、理論で説得する人ではありません。
講義する人でもありません。
思想を体系化して語る人でもありません。
あくまで、生活の中で見せる。
だから、1種は「生活思想」としての補助機能です。
7種・8種は主軸ではなさそう
所さんには、7種的な勝負感はあまり前面に見えません。
さんまさんのように「笑いで負けない」という感じでもありません。
宮崎駿さんのように「作品で譲らない」という怒りでもありません。
ひろゆきさんのように「論戦で逃がさない」という追及でもありません。
所さんは、張り合わない。
相手を倒しにいかない。
勝負の場に相手を引きずり込まない。
ここは7種とは違います。
8種的な我慢や粘りも、表には強く見えません。
長寿番組が多いので、継続力はあります。
しかし、その継続は「歯を食いしばって耐える」という8種的我慢より、機嫌よく遊び続けていたら長く続いた、という印象です。
もちろん実際には、見えない努力や厳しさもあるでしょう。
ただ、見え方としては、8種主軸ではなさそうです。
偶奇で見る|奇数の軽さと、偶数の場
偶奇で見ると、所さんは面白いです。
本人の表情としては、奇数系が目立ちます。
- 3種:軽さ、好奇心、面白がる力
- 9種:好きなものへの偏愛、自分の世界
- 5種:遊びを現実化する働き
- 1種:生活思想
一方で、場としては偶数的な受けがあります。
- 10種:世田谷ベースに人やモノが集まる
6種は、一見すると力まなさや遊び心に見えますが、陰・後傾・夢想性とは違うため主軸からは下げます。
8種は、継続力はあるものの、我慢というより機嫌よく続いている感じに見えます。
つまり、所さんは、
本人の主軸候補は3種的な軽さ。
世田谷ベースという場には10種的な受け。
好きなものへの偏愛には9種的表情。
遊びを現実の番組やモノへ変えるところに5種的機能。
この整理が一番よさそうです。
消去法で見る
ここからは、消去法でも見ていきます。
体癖分析では、いきなり「この人は何種」と決めるより、まず「これは薄そうだ」という候補を外していく方が、精度が上がることがあります。
1種|生活思想として一部ある
生活思想として一部あります。
自分の暮らしに自分で関わる。
年齢や世間の常識に縛られない。
日常を面白くする。
ただし、理論や言葉で場を支配する1種ではありません。
主軸ではなく、生活思想としての補助機能です。
2種|薄い
抱え込み、迷い、過敏さ、上下型の印象は薄いです。
2種主軸ではなさそうです。
3種|最有力候補
最有力候補です。
日常を面白がる軽さ。
子ども性。
好奇心。
機嫌のよさ。
深刻にしすぎない力。
所さんの入口は、かなり3種的です。
4種|主軸ではなさそう
同調して溶けるより、自分の遊び場を作る人です。
4種主軸ではなさそうです。
5種|現実化する働きとしてある
遊びを番組・モノ・生活運用へ現実化する働きとしてあります。
ただし、世田谷ベースそのものが5種というより、3種的好奇心や9種的偏愛を現実へ変換する機能として見るのがよいです。
6種|一度は疑ったが、主軸からは下げる
一見、遊び心や力まなさから候補に入ります。
しかし、6種にある後傾、陰、夢想性、ルーチンの弱さとは質が違うように見えます。
所さんの遊びは、陰のある夢想ではなく、明るい現実接触型です。
そのため、6種主軸は下げます。
7種|薄い
勝負感・張り合いは前面ではありません。
7種主軸ではなさそうです。
8種|継続力はあるが、主軸ではなさそう
継続力はあります。
ただし、8種的な我慢・負けない粘りというより、機嫌よく続けている感じが強い。
8種主軸ではなさそうです。
9種|趣味の偏愛としてある
趣味の偏愛としてあります。
車、バイク、雑貨、道具、ガレージなどへのこだわり。
ただし、宮崎さんのような執念型ではなく、軽い偏愛です。
10種|場に現れる機能として強い
世田谷ベースや番組の場づくりとして強いです。
ただし、本人主軸というより、場に現れる機能として見ます。
消去法のまとめ
| 体癖 | 所さんへの当てはまり |
|---|---|
| 1種 | 生活思想として一部あるが、理論主軸ではない。 |
| 2種 | 抱え込み・迷い・過敏さは薄い。 |
| 3種 | 日常を面白がる軽さ・好奇心・子ども性として最有力。 |
| 4種 | 同調して溶けるより、自分の遊び場を作る。 |
| 5種 | 遊びを番組・モノ・生活運用へ変換する機能としてある。 |
| 6種 | 遊び心に見えるが、陰・後傾・夢想性とは合いにくい。 |
| 7種 | 勝負感・張り合いは前面ではない。 |
| 8種 | 継続力はあるが、我慢というより機嫌よく続ける感じ。 |
| 9種 | 趣味の偏愛、自分だけの世界としてある。 |
| 10種 | 世田谷ベースや番組の場づくりとして強い。 |
さんまさんとの比較|熱い3種と、軽い3種
明石家さんまさんは、3種的な明るさと7種的な芸人の意地で、場を燃やす人として見ました。
所さんも3種的ですが、さんまさんのように燃やしません。
さんまさんは、会話と笑いで場を熱くする。
所さんは、モノと遊びで場をゆるめる。
さんまさんは、熱い3種。
所さんは、軽い3種。
この違いです。
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黒柳徹子さんとの比較|部屋とベース
黒柳徹子さんも、3種的な華と好奇心を持つ人として見ました。
黒柳さんは、人を部屋に招く。
所さんは、モノと遊びを基地に集める。
黒柳さんの場は「部屋」。
所さんの場は「ベース」。
黒柳さんは、人の人生を聞く。
所さんは、暮らしの遊びを見せる。
どちらも3種的な好奇心がありますが、向かう対象が違います。
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宮崎駿さんとの比較|世界を作り込む人、暮らしを面白がる人
宮崎駿さんは、9種的な作り込みと文明への怒りの人として見ました。
所さんにも、モノへのこだわりはあります。
しかし、宮崎さんの9種は、納得できるまで終われない執念です。
所さんの9種は、好きなものをいじる偏愛です。
宮崎さんは、世界を作り込む。
所さんは、暮らしを面白がる。
ここが違います。
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大谷翔平さんとの比較|一点集中と、暮らしの遊び場
大谷翔平さんは、野球への9種的集注を生活全体に広げる人として見ました。
所さんは、一点へ集注するタイプではありません。
むしろ、いろいろなものに目が向く。
大谷さんは、生活を野球のために整える。
所さんは、生活そのものを遊び場にする。
かなり対照的です。
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タモリさんとの比較|余白と、おもちゃ箱
タモリさんは、9種的な独自世界を薄く場に出す人として見ました。
所さんにも独自世界はあります。
ただし、タモリさんほど静かな余白ではありません。
タモリさんは、前に出ない余白。
所さんは、モノが置かれた遊び場。
タモリさんは、場を薄くずらす。
所さんは、場を楽しく散らかす。
この違いです。
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今回の暫定結論
ここまで見てきたことをまとめると、今回の所ジョージさん分析における暫定結論はこうです。
所ジョージさんは、6種的な遊び心の人というより、3種的な軽さ・好奇心・子ども性を主軸に見る方が自然。
世田谷ベースは、5種的合理性の場ではなく、「男の子の秘密基地」「大人のおもちゃ箱」として、3種的な面白がり、9種的な趣味の偏愛、10種的な場づくりが重なっている。
5種的要素は、遊びやアイデアを番組・モノ・生活運用へ現実化する働きとして限定的に見る。
6種的に見える部分はあるが、6種が持つ陰・後傾・夢想性とは質が違うため、主軸候補からは下げる。
短く言えば、
所さんは、日常を面白がる3種的な軽さで、大人の秘密基地を作り、そこに人やモノやアイデアが集まってくる人。
です。
まとめ|所さんは、暮らしを「大人のおもちゃ箱」に変える人
所ジョージさんを体癖的に見ると、単なる「遊び心のある人」では終わりません。
最初は、力まなさや浮遊感から6種的にも見えました。
しかし、6種の持つ陰・後傾・夢想性を考えると、所さんの遊びとは少し質が違う。
所さんの遊びは、もっと明るく、現実に触れていて、生活の中にあります。
また、世田谷ベースは、5種的な合理性の場というより、3種的な面白がり、9種的な偏愛、10種的な場づくりが重なった「大人の秘密基地」に見えます。
そこに、5種的な現実化機能が加わることで、遊びが番組になり、モノになり、暮らし方として人に伝わっていく。
今回の分析では、ひとまず、
所ジョージさんは、3種的な軽さと好奇心を軸に、世田谷ベースという大人の秘密基地を作り、そこに人やモノやアイデアが集まってくる人。
という仮説で見てみました。
もちろん、これはあくまで一視聴者としての考察です。
本人の本当の体癖や内面は、本人にしか分かりません。
ただ、体癖分析は、最初から正解を当てるものではなく、観察し、比較し、仮説を立て、新しい情報が出たら修正していくものだと思います。
今回のように、最初は6種に見えたものを、改めて検討して3種寄りに修正する。
そういう見直しの過程自体が、人間観察の面白さなのだと思います。
