人間観察研究室
PR

宮崎駿さんを体癖的に読む|9種的な作り込みと、文明への怒り

宮崎駿さん風の人物イラストと、「宮崎駿さんを体癖論で読み解く」「9種的な作り込みと文明への怒り」という文字が入ったアイキャッチ画像。
01-strategy
記事内に商品プロモーションを含む場合があります

宮崎駿さんを体癖的に分析するのは、かなり難しいです。

なぜなら、宮崎さんは単なる「ファンタジーの人」でも、「夢を描く人」でも、「職人肌のアニメ監督」でも終わらないからです。

  • 空を飛ぶ。
  • 少女が走る。
  • 機械が唸る。
  • 風が吹く。
  • 火が燃える。
  • 水が流れる。
  • 人が食べる。
  • 老人が歩く。
  • 子どもが世界を見つめる。

宮崎作品には、夢のような世界があります。

しかし、その夢は、ふわっとした空想ではありません。

線、動き、重力、生活感、労働、機械、身体、食べ物、自然、戦争、文明、老い、子ども。

そうしたものが、異常なほど具体的に描き込まれています。

つまり、宮崎さんは「夢を見る人」というより、夢を現実の細部にまで叩き込む人に見えます。

今回は、宮崎駿さんを、体癖論の視点から一視聴者として考察してみます。

この記事の前提

体癖は「たいへき」と読みます。野口整体などで語られる、人の身体的特徴や感受性、行動傾向をもとにした分類の考え方です。

本記事は、宮崎駿さんご本人の体癖を断定するものではありません。作品、制作現場、公の場で見える言動、アフレコやスタッフとの関わり、鈴木敏夫プロデューサーとの関係、息子さんとの関係などを材料に、「体癖的にこう見ると面白いのではないか」という一視聴者としての考察です。

また、体癖分析は一度で正解を決めるものではなく、新しい情報や観察材料が増えるたびに、仮説を修正しながら精度を上げていくものだと考えています。

目次
  1. 結論|宮崎さんは「夢想家」ではなく、夢を作り込む9種的職人ではないか
  2. 岡田斗司夫さんの「理想型」評価と、体癖の関係
  3. 主軸候補は9種|異常な作り込みと、細部への集注
  4. ただし、「9種+10種」とは言わない
  5. 1種的な思想・文明批評
  6. 7種的な怒り・現場での譲らなさ
  7. 6種的な夢想・飛翔感は、作品の色合いとして扱う
  8. アフレコ現場・声優起用に見える「声」への独特な基準
  9. 中田敦彦さんとの絡み|鈴木Pを通じた「才能の試験」
  10. 鈴木敏夫プロデューサーとの関係|9種的作り込みを社会に出す人
  11. 息子さんとの関わり|理想が強すぎる父の難しさ
  12. 『君たちはどう生きるか』と、老年の9種
  13. 消去法で見る
  14. 消去法のまとめ
  15. 岡田斗司夫さんとの比較|語って見せる9種、作って見せる9種
  16. 大谷翔平さんとの比較|野球へ集注する9種、創作へ集注する9種
  17. タモリさんとの比較|余白の9種、執念の9種
  18. さんまさんとの比較|笑いで負けない人、作品で譲らない人
  19. 今回の暫定結論
  20. まとめ|宮崎さんは、夢を現実の線と動きに変える人
スポンサードリンク🍹

結論|宮崎さんは「夢想家」ではなく、夢を作り込む9種的職人ではないか

まず、現時点での私の仮説を先に出します。

宮崎駿さんは、主軸候補としては9種的な作り込み・細部への集注が最も濃い。 そこに、1種的な思想・文明批評、7種的な怒り・現場での譲らなさが重なって見える。 作品世界には6種的な夢想性・飛翔感も強く現れるが、それを本人の主軸として安易に見るのではなく、作品表現に現れる色合いとして慎重に扱いたい。

もう少し短く言えば、

9種の作り込み、1種の思想、7種の怒り、作品表現としての6種的夢想。

です。

ただし、一番の核は、やはり9種的な作り込みだと思います。

納得できる世界を作り切るまで終われない。 画面の中に、生活、身体、機械、自然、風、煙、食べ物、人間の矛盾まで入れ込む。 自分の中にある世界の手触りが、線と動きとして成立するまで許せない。

ここに、宮崎さんの体癖的な濃さがあるように見えます。

岡田斗司夫さんの「理想型」評価と、体癖の関係

宮崎さんを考える上で、岡田斗司夫さんの4タイプ分析における「理想型」という見立ては、かなり面白い入口になります。

岡田さんの4タイプ分析では、人の欲求や価値観の方向を、司令型・理想型・注目型・法則型といった形で分類します。

その中で、宮崎さんを「理想型」と見るのは、かなり納得感があります。

宮崎さんは、単に売れる作品を作る人ではありません。

自分の中に、強烈な基準がある。

これはこうでなければならない。 この動きは違う。 この世界の手触りはまだ足りない。 この人物はこう歩かない。 この機械はこう動かない。 この作品を子どもに見せるなら、この程度ではだめだ。

そういう、内側の理想基準が非常に強い人に見えます。

ただし、ここで注意したいのは、岡田さんの4タイプにおける「理想型」と、体癖の何種かを単純対応させないことです。

4タイプは、欲求や価値観の方向です。 体癖は、身体・感受性・行動パターンの分類です。

したがって、この記事では、

岡田さんのいう「理想型」は、宮崎さんの“自分の中の理想に届くかどうかで世界を見る”感じをよく捉えている。 ただし、体癖的には、それをそのまま何種と対応させるのではなく、9種的な作り込み、1種的な思想性、7種的な怒りとして分解して見る。

という立場を取ります。

主軸候補は9種|異常な作り込みと、細部への集注

宮崎さんを体癖的に見るとき、最も濃く見えるのは、やはり9種的な作り込みです。

9種は、開閉型の奇数です。 対象に深く入り込み、自分の納得やこだわりを重視し、細部に異常なほど集注する方向があります。

宮崎さんの作品は、単なる物語ではありません。

飛行機の重さ。 風の流れ。 少女の走り方。 老人の姿勢。 食べ物の湯気。 街の生活感。 機械の構造。 労働する身体。 水や火や煙の動き。 子どもの目線。 世界の汚れと美しさ。

こういうものが、単なる背景ではなく、世界そのものとして作り込まれています。

これは、かなり9種的です。

宮崎さんの場合、「美しいファンタジーを作りたい」というより、自分の中にある世界の手触りが、画面上で納得できる形になるまで許せないという感じがします。

ここは、大谷翔平さんの9種的集注と比較すると面白いです。

大谷さんは、野球へ生活全体を集注させる9種。 宮崎さんは、作品世界へ細部まで集注する9種。

どちらも、対象への入り込みが深い。

ただし、大谷さんは実践の9種。 宮崎さんは創作の9種です。

ただし、「9種+10種」とは言わない

宮崎さんの作品には、人間や子ども、自然、社会への大きな眼差しがあります。

そのため、一見すると10種的な包容も考えたくなります。

しかし、ここでも注意が必要です。

9種と10種は、同じ開閉型です。

宮崎さんを9種寄りに見る場合、そこに10種を安易に足し算して「9種+10種」と見ることは通常しません。

宮崎作品にある包容性は、10種主軸を足すというより、

9種的に深く作り込まれた世界の中に、結果として人間や自然の豊かさが現れている。

と見る方が自然だと思います。

宮崎さんは、すべてを大きく包み込む母性的な10種というより、自分の世界に強烈な基準を持ち、その基準に合うものだけを作品世界に入れていく人に見えます。

ここは、かなり9種的です。

1種的な思想・文明批評

宮崎さんには、1種的な思想性もかなり強く見えます。

宮崎作品には、単なる冒険やファンタジーを超えて、文明批評があります。

戦争。 産業。 自然破壊。 労働。 家族。 老い。 子ども。 国家。 技術。 飛行機への憧れと、兵器への嫌悪。 人間への期待と失望。

こうしたものが、作品の底に流れています。

これは1種的です。

1種は、頭脳型の奇数です。 観念、思想、構造、原理に向かう傾向があります。

宮崎さんは、単に絵がうまい人でも、物語を作る人でもありません。

世界をどう見るか。 人間をどう捉えるか。 文明をどう疑うか。 子どもに何を手渡すか。

こうした思想が非常に強い。

ただし、宮崎さんを1種主軸と見るには、作品の身体性が強すぎます。

1種主軸なら、もっと観念や言葉が前に出るかもしれません。

宮崎さんの場合、思想はあるけれど、それは言葉で完結しません。

線、動き、身体、機械、背景、生活、食べ物、風、煙、重力の中に落ちています。

だから、1種は主軸というより、

9種的な作り込みを支える思想機能

として見るのがよさそうです。

7種的な怒り・現場での譲らなさ

宮崎さんを語る上で、「怒り」は外せません。

宮崎さんは、優しいファンタジー作家というより、かなり怒りの人でもあります。

現場での厳しさ。 スタッフへの要求水準。 社会への苛立ち。 文明への不信。 人間への失望。 それでも子どもには何かを手渡したいという意地。

ここには、7種的な要素が見えます。

7種は、ねじれ型の奇数です。 張り合う、戦う、勝つ、怒る、意地を張る、相手を意識して燃える方向があります。

宮崎さんの場合、7種性は「俺が目立ちたい」というより、もっと職人的・思想家的です。

そんな絵でいいのか。 そんな世界でいいのか。 そんな人間理解でいいのか。 そんなアニメで子どもに見せられるのか。

こういう怒りです。

ここは、さんまさんの7種とは違います。

さんまさんは、笑いで負けない7種。 宮崎さんは、作品の基準で譲らない7種。

同じ7種的勝負感でも、出方がまったく違います。

6種的な夢想・飛翔感は、作品の色合いとして扱う

宮崎さんには、6種的に見える夢想・飛翔感もあります。

空を飛ぶ。 不思議な世界に入る。 現実と夢の境界が揺らぐ。 少女と異界。 森、海、風、巨神、精霊、魔法。

これは、作品世界としてはかなり6種的です。

6種は、前後型の偶数です。 夢想、ロマン、浮遊感、現実から少しずれた世界への感受性があります。

ただし、宮崎さん本人を6種主軸と見るかというと、そこは慎重でありたい。

宮崎さんは、ふわっと夢に漂っている人ではありません。

むしろ、夢のような世界を描くために、異常なほど現実の細部を詰める人です。

だから、6種は本人の主軸というより、

作品世界に現れる夢想性・飛翔感

として扱うのがよさそうです。

宮崎さんは夢想家に見える。 でも、夢の中に漂う人ではない。

むしろ、夢を現実の線と動きに叩き込む人です。

アフレコ現場・声優起用に見える「声」への独特な基準

アフレコの現場や声優起用も、宮崎さん分析には使えます。

たとえば『風立ちぬ』では、主人公・堀越二郎の声に庵野秀明さんが起用されました。

報道によれば、宮崎監督は主人公の声の条件として「早口である」「滑舌がよい」「凛としている」といったイメージを持っており、庵野さんを候補に挙げたとされています。

ここは、非常に宮崎さんらしい。

普通なら、声優としてうまいか、演技として自然か、聞き取りやすいか、という基準で考えがちです。

しかし、宮崎さんはもっと存在感や質感で見ているように見えます。

声優としての技術よりも、キャラクターの内側にある質に合うかどうか。 言葉のうまさより、そこに存在している感じ。 演技の巧みさより、その人の身体から出る声。

これは、かなり9種的なこだわりです。

「うまい声」ではなく、「この人物の存在に合う声」を探している。

ここにも、宮崎さんの作り込みの濃さが出ています。

中田敦彦さんとの絡み|鈴木Pを通じた「才能の試験」

中田敦彦さんとの絡みも、記事の中で触れると面白い材料です。

これは、宮崎さん本人との直接の深い絡みというより、鈴木敏夫プロデューサーを通じたジブリ的な人材の扱いとして見る方が自然です。

かつて、オリエンタルラジオの中田敦彦さんがスタジオジブリの現場に入り、『風立ちぬ』に関連する広告コピーの課題に取り組んだ番組がありました。

このエピソードで面白いのは、ジブリの「才能の扱い方」です。

鈴木Pは、人を試す。 才能を見ようとする。 課題を渡す。 中途半端を許さない。 ただし、正解を最初から教えるわけではない。

これは、宮崎さん本人の体癖分析というより、宮崎作品を社会に出す「ジブリの場」の分析として面白いところです。

宮崎さんは、作品の内部で9種的に作り込む。 鈴木Pは、その作品を社会に届けるために、人、言葉、宣伝、タイミングを動かす。

中田さんのコピー挑戦は、宮崎作品の周辺で、鈴木Pが外部の才能をどう試すかを示すエピソードとして読むと、かなり興味深いです。

ここで見えてくるのは、ジブリ作品が単に「作る」だけでは終わらないということです。

どう言葉にされるか。 どう世に出されるか。 どの言葉なら、作品の核を損なわずに人へ届くのか。

この周辺まで含めて、非常に厳しい選別が働いているように見えます。

鈴木敏夫プロデューサーとの関係|9種的作り込みを社会に出す人

宮崎さんを語るとき、鈴木敏夫プロデューサーの存在は外せません。

宮崎さんが作品世界を作り込む人だとすれば、鈴木Pは、その作品を世の中にどう出すかを設計する人です。

宮崎さんの9種的な作り込みは、そのままでは社会に届きにくいところもあります。

なぜなら、宮崎さんの内側の基準は非常に強く、作品そのものの完成度に向かっていくからです。

しかし、映画は観客に届かなければならない。

タイトル、宣伝、コピー、公開の仕方、情報を出すか出さないか、誰にどう語らせるか。

こうした外側の設計が必要です。

鈴木Pは、宮崎さんの作り込んだ世界を、社会の中へ置く役割を担っているように見えます。

宮崎さんの9種的な内的世界と、鈴木Pの外部化の技術。

この組み合わせが、ジブリ作品の独特の強さを作っているのかもしれません。

息子さんとの関わり|理想が強すぎる父の難しさ

宮崎吾朗さんとの関係についても、外から軽々に断定すべきではありません。

ただ、体癖的に見るなら、宮崎さんのように自分の中の作品基準が強烈な人にとって、後継や継承は極めて難しいテーマに見えます。

理想が高すぎる父。 作り込みの基準があまりにも強い創作者。 自分の世界に対する納得の閾値が高すぎる人。

その近くで、次の世代が自分の作品を作るのは、非常に大変だと思います。

ここには、9種的な世界の強さと、7種的な現場の厳しさが同時に出ているように感じます。

9種的には、自分の世界の基準に合うかどうか。 7種的には、作品の現場で甘さを許せない。 1種的には、作品や思想の筋が通っているかを見る。

この基準が身近な相手に向くと、関係はどうしても難しくなりやすい。

宮崎さんの父子関係を単純な親子問題として見るのではなく、理想が強すぎる創作者の継承の難しさとして見ると、少し立体的に見える気がします。

『君たちはどう生きるか』と、老年の9種

近年の宮崎さんを考えるなら、『君たちはどう生きるか』の制作過程も重要です。

NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』では、『君たちはどう生きるか』の制作過程を2399日にわたって記録した特別編が放送されました。

また、その後、未編集素材を加えて再編集した完全版ドキュメンタリーも展開されています。

ここから見えるのは、宮崎さんが老いてなお、作ることから離れきれない人だということです。

9種的に見ると、これは非常に自然です。

対象に入ってしまう。 作品世界が内側から湧いてくる。 納得するまで終われない。 終わったと思っても、また戻ってしまう。

宮崎さんの「引退」と「復帰」は、単なるビジネス判断ではなく、9種的な創作への集注が切れないこととして読めます。

作らずにはいられない。 世界がまだ終わらない。 自分の中にあるものが、まだ線と動きになり切っていない。

そういう感覚が、老年の宮崎さんにも残り続けているように見えます。

消去法で見る

ここからは、消去法でも見ていきます。

体癖分析では、いきなり「この人は何種」と決めるより、まず「これは薄そうだ」という候補を外していく方が、精度が上がることがあります。

1種|思想・文明批評としてかなり強い

思想、文明批評、世界観の構造としてかなり強いです。

ただし、主軸というより、9種的な作り込みを支える思想機能として見たいです。

2種|薄い

聞く人、受ける人、迷う人という印象は薄いです。

2種主軸ではなさそうです。

3種|本人主軸としては薄い

作品には、子ども、食べ物、生命感、明るさがあります。

しかし、宮崎さん本人を3種的な軽さや花で見るのは違うと思います。

4種|薄い

同調して場に溶けるタイプではなく、自分の世界を強く持つ人です。

4種主軸ではなさそうです。

5種|制作現場を動かす実行力はある

現場を動かす実行力はあります。

ただし、5種的合理性や戦場変更より、9種的作り込みの方が強そうです。

6種|作品には非常に強いが、本人主軸としては慎重

夢想、飛翔感、ファンタジーとして作品には非常に強いです。

ただし、本人は夢に漂うより、夢を線と動きに叩き込む人です。

6種を本人主軸として扱うことには慎重でありたいです。

7種|怒り・厳しさ・譲らなさとして強い

怒り、現場の厳しさ、譲らなさとしてかなり強いです。

作品の基準で妥協しない感じは、7種的に見えます。

8種|粘りは見えるが、7種と足し算しない

我慢や粘りも見えます。

ただし、7種と8種を安易に足し算するのではなく、宮崎さんを7種的に見る場面では、現場での意地・怒り・譲らなさとして読む方がよさそうです。

9種|最有力候補

細部への集注、作品世界への入り込み、納得できるまで作り込む姿勢として最有力です。

宮崎さんを読む上で、最も説明力が高いのは9種パターンだと思います。

10種|包容性は作品に出るが、本人主軸としては慎重

作品に包容性はあります。

しかし、本人を10種主軸と見るより、9種的世界の中に結果として生命の豊かさが出ていると見たいです。

消去法のまとめ

体癖宮崎さんへの当てはまり
1種思想・文明批評・世界観の構造として強い。
2種受け身・迷い・過敏さは主軸ではなさそう。
3種作品には生命感があるが、本人主軸としては薄い。
4種同調して溶けるより、自分の世界を強く持つ。
5種現場を動かす実行力はあるが、主軸ではなさそう。
6種夢想・飛翔感として作品には強い。
7種怒り・厳しさ・譲らなさとして強い。
8種粘りは見えるが、7種と足し算せず慎重に扱う。
9種細部への集注・作り込みとして最有力。
10種包容性は作品に出るが、本人主軸としては慎重。

岡田斗司夫さんとの比較|語って見せる9種、作って見せる9種

岡田斗司夫さんは、9種的に対象を深掘りし、1種的に構造化し、それを注目型的に語る人として見ました。

宮崎さんも9種的です。

ただし、出方が違います。

岡田さんは、語って見せる9種。 宮崎さんは、作って見せる9種。

岡田さんは作品の構造を解剖する。 宮崎さんは作品世界そのものを作る。

この違いは非常に面白いです。

関連記事

あわせて読みたい
岡田斗司夫さんを体癖的に読む|9種的オタク性と、注目型の語り
岡田斗司夫さんを体癖的に読む|9種的オタク性と、注目型の語り

大谷翔平さんとの比較|野球へ集注する9種、創作へ集注する9種

大谷翔平さんは、9種的に野球へ集注し、生活全体を野球のために統制する人として見ました。

宮崎さんも、作品制作へ生活と意識を集注させる人に見えます。

大谷さんは、野球へ集注する9種。 宮崎さんは、創作へ集注する9種。

どちらも、対象への集中が人生全体を支配しているように見える。

ただし、大谷さんは実践の世界で結果を出す。 宮崎さんは、創作世界を作り込む。

同じ9種的集注でも、対象と出方が違います。

関連記事

あわせて読みたい
大谷翔平さんを体癖的に読む|5種的身体能力と、9種的な野球への集注
大谷翔平さんを体癖的に読む|5種的身体能力と、9種的な野球への集注

タモリさんとの比較|余白の9種、執念の9種

タモリさんは、9種的な独自世界を薄く場に出す人として見ました。

タモリさんは、自分の世界を押しつけません。

場に余白を作る。 少しずらす。 気づいたら、その人の世界に入っている。

一方、宮崎さんは、薄く出すのではありません。

徹底して作り込む。 世界を作る。 納得するまで線を引く。 現実の細部まで作品の中へ入れ込む。

タモリさんは余白の9種。 宮崎さんは執念の9種。

この対比もかなり面白いです。

関連記事

あわせて読みたい
タモリさんを体癖的に読む|9種的な独自世界と、前に出ない支配力
タモリさんを体癖的に読む|9種的な独自世界と、前に出ない支配力

さんまさんとの比較|笑いで負けない人、作品で譲らない人

明石家さんまさんは、3種的な明るさと、7種的な芸人の意地の人として見ました。

さんまさんにも7種的な意地があります。

ただし、さんまさんの7種は、笑いの場で出ます。

笑いで負けない。 場を落とさない。 観客の前で芸人として勝つ。

一方、宮崎さんの7種は、作品の現場で出ます。

そんな絵でいいのか。 そんな世界でいいのか。 その程度で子どもに見せられるのか。

さんまさんは笑いで負けない。 宮崎さんは作品で譲らない。

同じ7種的な意地でも、方向がまったく違います。

関連記事

あわせて読みたい
明石家さんまさんを体癖的に読む|3種的な明るさと、7種的な芸人の意地
明石家さんまさんを体癖的に読む|3種的な明るさと、7種的な芸人の意地

今回の暫定結論

ここまで見てきたことをまとめると、今回の宮崎駿さん分析における暫定結論はこうです。

宮崎駿さんは、主軸候補としては9種的な作り込み・細部への集注が最も濃い。 そこに、1種的な思想・文明批評、7種的な怒り・現場での譲らなさが重なって見える。 作品世界には6種的な夢想性・飛翔感も強く現れるが、それを本人の主軸として安易に見るのではなく、作品表現に現れる色合いとして扱うのが自然だと思います。

短く言えば、

宮崎さんは、夢を見る人というより、夢を現実の細部にまで叩き込む人。

です。

そして、その核にあるのは、9種的な「納得できる世界を作り切るまで終われない」感じだと思います。

まとめ|宮崎さんは、夢を現実の線と動きに変える人

宮崎駿さんを体癖的に見ると、単なる「ファンタジーの巨匠」では終わりません。

9種的な作り込み。 1種的な思想・文明批評。 7種的な怒りと現場での譲らなさ。 作品世界に現れる6種的な夢想性。 鈴木敏夫プロデューサーとの関係。 声やコピーや宣伝への独特な基準。 息子さんとの継承の難しさ。 老いてなお作ることから離れきれない創作への集注。

これらが重なって、あの圧倒的な作品世界が生まれているように見えます。

宮崎さんは、夢の人です。

しかし、ただ夢を見る人ではありません。

夢を、線にする。 動きにする。 背景にする。 機械にする。 食べ物にする。 子どもの目線にする。 老人の歩き方にする。 風や煙や重力にする。

その意味で、宮崎さんは、

夢を現実の細部にまで落とし込む9種的な創作者

なのではないかと思います。

もちろん、これはあくまで一視聴者としての考察です。 本人の本当の体癖や内面は、本人にしか分かりません。

ただ、体癖分析は、最初から正解を当てるものではなく、観察し、比較し、仮説を立て、新しい情報が出たら修正していくものだと思います。

今回の宮崎さん分析では、ひとまず、

宮崎駿さんは、9種的な作り込みを核に、1種的思想と7種的怒りを重ね、作品世界には6種的な夢想性を宿す人。

という仮説で見てみました。

今後、制作現場、インタビュー、アフレコ、鈴木敏夫さんとの関係、宮崎吾朗さんとの関係、近年の作品制作をさらに見ていくと、また別の見え方が出てくるかもしれません。

そのたびに仮説を修正していく。

そういう余白を残しておくこと自体が、体癖という人間観察の面白さなのだと思います。

スポンサードリンク🍹
ABOUT ME
ためすけ(使ってみた研究所)
ためすけ(使ってみた研究所)
ブロガー
新サービスを自腹検証。良い点も弱点も、数字で本音レビュー。
スポンサードリンク🍹
記事URLをコピーしました