人間観察研究室
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岡田斗司夫さんを体癖的に読む|9種的オタク性と、注目型の語り

岡田斗司夫さん風の似顔絵イラストと、「岡田斗司夫さんを体癖的に読む」「9種的オタク性と注目型の語り」という文字が入ったアイキャッチ画像。
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岡田斗司夫さんを体癖的に分析するのは、かなり面白い試みです。

なぜなら、岡田さんは単なる評論家でも、単なる知識人でも、単なるオタクでもないからです。

  • アニメや映画を語る。
  • 物語の構造を読む。
  • 人間の欲望を分析する。
  • 社会現象を解説する。
  • ときに挑発的に断言する。
  • そして、その語り自体をコンテンツとして成立させる。

この複合性が、岡田さんの面白さだと思います。

さらに今回は、岡田さん自身が提唱・活用している「4タイプ分析」も絡んできます。

岡田さんは、自身を4タイプ分析における「注目型」と分類しているとされています。

ここが非常に面白い。

一見すると、岡田さんは「法則型」っぽく見えます。 作品や社会現象を構造化し、パターン化し、法則のように語るからです。

しかし、本人の自己理解としては「注目型」。

では、体癖論の視点から見ると、岡田さんはどのように読めるのか。

今回は、身体的印象、言動、語り方、4タイプ分析との比較、偶奇、消去法、そしてこれまで分析してきた著名人との比較を通じて、岡田斗司夫さんを一視聴者として考察していきます。

この記事の前提

体癖は「たいへき」と読みます。野口整体などで語られる、人の身体的特徴や感受性、行動傾向をもとにした分類の考え方です。

本記事は、岡田斗司夫さんご本人の体癖を断定するものではありません。動画・著作・公の場で見える言動、身体的印象、語り方などをもとに、「体癖的にこう見ると面白いのではないか」という一視聴者としての考察です。

また、岡田さんの4タイプ分析における「注目型」と、体癖論における各種分類は、直接一対一で対応するものではありません。本記事では、両者を混同せず、欲求の方向性としての4タイプと、身体・感受性・行動傾向としての体癖を比較しながら考えます。

目次
  1. 結論|岡田さんは「閉じた9種」ではなく「注目型的に外へ語る9種」ではないか
  2. まず、4タイプの「注目型」と体癖は直接対応しない
  3. 岡田さんは「法則型っぽく見える注目型」かもしれない
  4. 身体的印象|前へ走る5種・張り合う7種とは少し違う
  5. 9種的な「オタク的集注」はかなり強い
  6. ただし、純9種ではない|閉じずに「見せる」
  7. 1種的な構造化能力も非常に強い
  8. 5種的な商品化・メディア化も強い
  9. 7種的な議論性・挑発性もある
  10. 「注目型」と7種は近いが、同じではない
  11. 偶奇で見る|岡田さんはかなり奇数寄り
  12. 消去法で見る
  13. 消去法のまとめ
  14. 中田敦彦さんとの比較|講義の中田さん、批評の岡田さん
  15. タモリさんとの比較|余白の9種、語る9種
  16. 有吉弘行さんとの比較|一言で刺す有吉さん、長く解剖する岡田さん
  17. マツコさんとの比較|情の毒と、構造の毒
  18. 岡田さんの強み|「そういう見方があったのか」と思わせる力
  19. 岡田さんの危うさ|構造化しすぎること
  20. 岡田さんの「注目型」は、かなり高度な自己分析かもしれない
  21. 今回の暫定結論
  22. まとめ|岡田斗司夫さんは、独自世界を「見られる語り」に変える人
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結論|岡田さんは「閉じた9種」ではなく「注目型的に外へ語る9種」ではないか

まず、現時点での私の仮説を先に出します。

岡田斗司夫さんは、9種的なオタク的集注と、1種的な構造化能力がかなり強い。
ただし、それを内側に閉じず、5種的に商品化し、7種的に議論化し、さらに本人のいう「注目型」的に、人に見られ、反応される場へ出していく人。

もう少し短く言うなら、

独自の世界を深く掘り、それを構造に変え、さらに「見られる語り」として商品化する人。

です。

あえて主軸を一つ選ぶなら、現時点では私は9種寄りで見ます。

理由は、岡田さんの核にあるものが、単なる知識整理ではなく、対象への異様な入り込み、オタク的な偏愛、作品や人間の裏側を解剖する集注に見えるからです。

ただし、純粋な9種というより、かなり外へ出ている9種です。

閉じた9種ではない。 黙って自分の世界に沈み続ける9種でもない。

人前で語る。 反応を取る。 コンテンツにする。 商品化する。 時に挑発し、議論を起こす。

だから、今回のキーワードは、

注目型的に外へ語る9種

です。

まず、4タイプの「注目型」と体癖は直接対応しない

最初に整理しておきたいのは、岡田さんの4タイプ分析と体癖論は、そもそも見ている対象が違うということです。

4タイプ分析では、人の欲求や反応の方向を、司令型・理想型・注目型・法則型といった形で分類します。

ざっくり言えば、

  • 何に喜びを感じるのか
  • 何に反応しやすいのか
  • どのような関係性で自分が動きやすいのか
  • どういう報酬を求めるのか

という、欲求の向きに近い分類だと思います。

一方、体癖論は、身体・感受性・行動パターンの分類です。

身体の重心。 声の出し方。 反応速度。 感情の動き方。 人との距離感。 こだわり方。 行動の癖。

そうしたものから、その人の傾向を見ていきます。

つまり、4タイプの「注目型」だからといって、体癖で自動的に何種になるわけではありません。

注目型は、体癖によってまったく違う出方をするはずです。

たとえば、

  • 3種的な注目型なら、明るさ・愛嬌・華やかさとして出る
  • 7種的な注目型なら、強い自己提示・張り合い・勝負感として出る
  • 10種的な注目型なら、人を巻き込む包容や場づくりとして出る
  • 5種的な注目型なら、注目を成果や市場へ変える方向に出る
  • 1種・9種的な注目型なら、内側の知性や独自世界を、人前に見せる語りとして外部化する

岡田さんの場合は、最後に近いと思います。

岡田さんは、単純な「陽キャ的注目型」ではありません。

人前に出る。 見られる。 反応される。 語りに注目が集まる。

この欲求は強そうに見えます。

しかし、その中身は、3種的な明るい華というより、かなり9種的・1種的です。

つまり、

9種的・1種的な濃い内的世界を持ちながら、それを「注目される語り」として外部化している人。

ここが、岡田さん分析の最大のポイントだと思います。

岡田さんは「法則型っぽく見える注目型」かもしれない

岡田さんを表面的に見ると、4タイプでは「法則型」に見える人も多いと思います。

理由は明確です。

作品を分析する。 構造を読む。 社会現象を解説する。 論理を組み立てる。 人間関係や物語をパターンとして整理する。

これは、かなり法則型っぽい。

体癖で言えば、1種的にも見えます。

1種は、頭脳型の奇数です。 観念・理知・構造・原理原則に向かう傾向があります。

岡田さんの語りには、まさにこの「構造化する知性」があります。

しかし、岡田さん自身が「注目型」と分類していると見るなら、そこに非常に面白いズレが生まれます。

つまり、

能力としては法則型・1種的に見える。
しかし、欲求のエンジンは注目型的なのではないか。

ということです。

岡田さんは、単に構造を発見したいだけではない。

発見した構造を、人に話したい。 人に「なるほど」と言わせたい。 視聴者の反応を得たい。 面白がられたい。 時には嫌がられたり、反発されたりすることも含めて、場を動かしたい。

この意味で、「注目型」という自己分類は、かなり重要です。

体癖的に言うなら、

1種・9種的な知性を、注目型的な場に出していく人。

この見方が、岡田さんにはかなり合うように思います。

身体的印象|前へ走る5種・張り合う7種とは少し違う

まず、身体的印象から見ていきます。

岡田さんは、鴨頭嘉人さんや中田敦彦さんのような、分かりやすい5種的前進感とは少し違います。

5種は、前後型の奇数です。 前重心、スピード感、活動性、合理性、戦場変更などが特徴として語られます。

中田敦彦さんは、キャリア運用としてかなり5種的に見えました。 テレビ、音楽、YouTube、オンラインコミュニティ、海外など、戦場を変えながら勝ち筋を作っていく感じが強かった。

岡田さんにも、もちろん5種性はあります。

有料コンテンツ化、サロン化、動画化、講義化、商品化。 こうした運用はかなり5種的です。

ただ、身体の印象としては、5種的な「胸を張って前へ進むスポーツマン」ではありません。

むしろ、重さ、丸さ、座って語る感じ、頭部・上半身の存在感、そして「喋りで空間を作る」印象が強い。

また、7種的な「俺が勝つ」「相手と張り合う」「身体ごと前へ出て闘争する」感じも、一部はありますが、純7種とは違う。

岡田さんの闘争性は、肉体的・情念的な張り合いというより、

  • 論点を取る
  • 構造を押さえる
  • 語りの場を支配する
  • 相手や視聴者の見方を変える

という方向に見えます。

つまり、身体から見ると、5種・7種をいきなり主軸にするより、まずは1種・9種を見て、その外部運用として5種・7種を見るのがよさそうです。

9種的な「オタク的集注」はかなり強い

岡田斗司夫さんといえば、「オタキング」という呼び名が象徴的です。

体癖的に一番濃く見えるのは、やはり9種的な集注です。

9種は、開閉型の奇数です。 対象に深く入る。 自分の納得を求める。 細部にこだわる。 独自の世界を持つ。 一見すると狭いが、その狭さの中で異常な解像度を持つ。

岡田さんの作品分析には、この9種的な性質が強く見えます。

アニメ。 映画。 宮崎駿。 ジブリ。 物語構造。 作家性。 キャラクター。 社会背景。 視聴者心理。

そうしたものを、ただ「面白かった」「感動した」で終わらせない。

奥にある構造や欲望まで分解していく。

これは、かなり9種的です。

特に岡田さんの語りには、単なる要約ではなく、対象の中に入り込んで、細部から全体の構造を引きずり出すような感じがあります。

中田敦彦さんの1種的構造化とは、ここが違います。

中田さんは、複雑なものを分かりやすく整理し、視聴者を前へ進ませる。 岡田さんは、作品や人間の裏側を剥がし、「本当はこういう構造なんじゃないか」と見せる。

中田さんが「整理して届ける人」なら、岡田さんは「解剖して見せる人」です。

ここに9種性があります。

ただし、純9種ではない|閉じずに「見せる」

とはいえ、岡田さんを純粋な9種と見るのも慎重でありたいところです。

9種が強い人は、自分の世界に深く沈むことがあります。

他人に分かってもらうことより、自分の納得や対象への没入が優先される場合もある。

岡田さんには、その深掘りはあります。

でも、閉じていない。

むしろ、かなり外へ出します。

見せる。 語る。 商品化する。 観客に向かって出す。 相手の反応を取りに行く。 ときには挑発的な言い方をする。

ここが9種だけでは説明しきれないところです。

ここで、本人のいう「注目型」が効いてきます。

9種的に深く掘る。
1種的に構造化する。
しかし、それを注目型的に「人前で語られるもの」へ変換する。

この整理が、かなりしっくりきます。

1種的な構造化能力も非常に強い

岡田さんは、9種的な偏愛だけの人ではありません。

語りの中で、複雑な現象をかなり構造化します。

この作品はなぜ面白いのか。 このキャラクターは何を背負っているのか。 この作家は何に囚われているのか。 この社会現象は、どういう欲望で動いているのか。 この人間関係は、どういう力学で成り立っているのか。

こうした問いに対して、岡田さんは「構造」を出します。

これは1種的です。

ただし、中田敦彦さんの1種性とは違います。

中田さんの1種性は、教材化・講義化された構造です。 視聴者が理解しやすいように、階段を作ってくれる。

一方、岡田さんの1種性は、もっと批評的です。

「分かりやすく教える」というより、

見えていなかった構造を暴く

感じがあります。

だから、岡田さんの1種性は、教育者の1種というより、批評家の1種です。

5種的な商品化・メディア化も強い

岡田さんは、知識や分析をただ語るだけではありません。

それをコンテンツ化します。

動画にする。 有料配信にする。 サロンやコミュニティにする。 講義にする。 本にする。 切り抜きや再流通されやすい語りにする。

これはかなり5種的です。

5種は、合理性、商品化、勝てる場所への資源集中、空間支配が強い。

岡田さんは、オタク的な知識や分析を「売れる形」に変換する能力があります。

ただし、中田さんの5種性とも違います。

中田さんは、戦場を明確に変えていく5種です。

YouTube大学、PERFECT HUMAN、オンラインコミュニティ、海外移住など、勝てる場所へ移動する感じがある。

岡田さんは、もっと「自分の知識世界を商品棚に並べていく」5種です。

中田さんが、戦場変更型の5種。 岡田さんは、知識商品化型の5種。

この比較はかなり面白いです。

7種的な議論性・挑発性もある

岡田さんには7種的な要素もあります。

特に、断言の強さ、議論の強さ、ときに挑発的に見える語り、常識をひっくり返す言い方には7種性があります。

7種は、ねじれ型の奇数です。 張り合う、勝ちたい、自分を大きく見せる、観客を必要とする、闘争性が強いタイプです。

岡田さんの語りにも、場面によっては、

「普通はこう思うでしょう。
でも、それは違うんですよ」

という強い切り返しがあります。

ただし、純7種のように、目の前の相手と身体ごと張り合って勝つ感じではない。

岡田さんの7種性は、

  • 議論上の優位
  • 知的な優位
  • 構造を握る優位
  • 語りの場を制する優位

として出ている印象です。

つまり、

肉弾戦の7種ではなく、批評空間の7種。

ここも岡田さんらしいところです。

「注目型」と7種は近いが、同じではない

岡田さん自身の「注目型」という分類を見ると、体癖では7種を連想する人もいるかもしれません。

注目されたい。 見られたい。 人前に出たい。 場を動かしたい。

これは、確かに7種的にも見えます。

しかし、注目型=7種ではありません。

7種は、勝負、張り合い、強さ、相手に勝つという方向が強い。

一方、注目型は、もっと

  • 反応される
  • 見られる
  • 人との関係の中で存在が立ち上がる
  • 場の中心に自分が浮かび上がる

という方向です。

岡田さんの場合、この注目型は7種だけでなく、5種的・1種的・9種的にも読めます。

3種的な自然な華や無邪気な愛嬌は、そこまで主軸には見えません。 10種的な包容もありますが、主軸は世話ではなく語りです。 5種的な商品化はかなり強い。 7種的な議論性もある。 そして、その中身には9種的な深掘りと1種的な構造化がある。

したがって、岡田さんの注目型は、体癖的には、

5種的に商品化し、7種的に議論化し、1種・9種的な中身を人前に出す注目型

と見ると、かなり通りがよいと思います。

偶奇で見る|岡田さんはかなり奇数寄り

次に、偶奇で見ていきます。

体癖では、1・3・5・7・9が奇数系、2・4・6・8・10が偶数系です。

大まかに言えば、奇数系はエネルギーを凝縮し、外へ出す方向。 偶数系は、受ける、溜める、包む、待つ方向です。

この視点で見ると、岡田さんはかなり奇数寄りに見えます。

  • 1種:構造化する
  • 5種:商品化する
  • 7種:議論化する
  • 9種:対象に集注する

この4つの奇数がかなり目立ちます。

偶数系の、受ける・溜める・包む・待つ感じは、主軸ではなさそうです。

もちろん、身体の丸さや語りの柔らかさから、8種・10種を完全には消せません。

特に、長く語り続ける、場を包む、相談に乗る、視聴者を集めるところには、10種的な「受け皿」も少しあります。

しかし、岡田さんの中心は「受ける」よりも、

  • 語る
  • 解剖する
  • 構造を握る
  • 見せる
  • 反応を取る

です。

したがって、偶奇では奇数優勢。

特に、

1種・9種が中身。
5種・7種が外部運用。

という見方がしっくりきます。

消去法で見る

ここからは、消去法でも整理していきます。

体癖分析では、いきなり「この人は何種」と決めるより、まず「これは薄そうだ」という候補を外していく方が、精度が上がることがあります。

1種|かなり強い

1種はかなり強いです。

構造化、批評、理論化、社会現象の整理。 ここは岡田さんの大きな特徴です。

ただし、純1種のような地味さ、淡さ、聖人君子的な距離感ではありません。

岡田さんは、もっと人前に出る。 語る。 見られる。 反応を取る。

したがって、1種は主軸候補というより、重要な知的機能として見たいです。

2種|薄い

2種は、聞く力、義務遂行、正確性、頭の中で考えが溜まる感じが強いタイプです。

岡田さんは、聞くより語る人に見えます。

人の話を受け取って静かに処理するというより、自分の構造を出す。

2種主軸ではなさそうです。

3種|一部あるが主軸ではない

注目型という点だけ見ると、3種を考えたくなります。

3種は、明るさ、感情、華、気分、愛嬌、人気者性が出やすいタイプです。

しかし、岡田さんの注目型は、3種的な自然な華や、気分の軽さとは違うように見えます。

岡田さんの注目型は、語りの場で反応を得る注目型です。

したがって、3種は補助的にはあっても、主軸ではなさそうです。

4種|薄い

4種は、同調性、か細さ、相手の感情に溶け込む感じが特徴です。

岡田さんは、相手に溶け込むより、自分の構造を提示する側です。

4種主軸は薄いと思います。

5種|強い

5種は強いです。

商品化、メディア化、講義化、有料化、コンテンツ運用。

岡田さんは、自分の知識や分析を、きちんと流通する形に変える力があります。

ただし、身体主軸としての5種というより、運用・ビジネス面での5種として見る方がよさそうです。

6種|一部ある

6種は、夢想、ロマン、陰、物語性、小所帯のカリスマといった方向を持ちます。

岡田さんには、物語性への強い関心があります。 アニメや映画、作家性への愛着もあります。

ただし、岡田さんは夢に沈むより、夢を構造化して語る人です。

6種的なロマンは材料としてありますが、主軸ではなさそうです。

7種|かなりある

7種はかなりあります。

挑発。 議論。 断言。 観客の前での強い語り。 常識をひっくり返す言い方。

ここは7種的です。

ただし、純7種の身体的張り合いではなく、知的な闘争性として出ている。

肉弾戦ではなく、批評空間の7種。

この整理が合います。

8種|身体印象からは少し考えたくなるが、主軸ではない

岡田さんの身体的な丸さや重さから、8種を連想する人もいるかもしれません。

ただし、8種の本質は、単なる丸さではありません。

負けないための距離感。 我慢強さ。 地道な準備。 感謝や敬意。 本番で弱い自覚があるからこそ努力する。

こうした8種的感受性は、岡田さんの中心には見えにくい。

8種主軸は薄めだと思います。

9種|最有力候補

9種は、現時点で最有力候補です。

オタク的集注。 独自世界。 深掘り。 対象への執着。 細部の解剖。 納得への欲求。

ここは非常に強い。

ただし、純9種のように閉じず、かなり外へ出している。

だから、

閉じた9種ではなく、注目型的に外へ語る9種。

と見たいです。

10種|一部あるが主軸ではない

10種は、包容、世話、来る者拒まず去る者追わず、全方位の受容が特徴です。

岡田さんには、視聴者・会員・相談者を受け止める場を作る面では、10種的に見えるところもあります。

ただし、10種の本質である博愛や世話というより、岡田さんの場合は「語りの場に人を集める」感じが強い。

したがって、10種主軸ではなさそうです。

消去法のまとめ

体癖岡田さんへの当てはまり
1種構造化・批評・理論化としてかなり強い。
2種聞く人・義務遂行型ではなく、語る人。薄い。
3種注目型から連想はするが、自然な華や気分性は主軸ではない。
4種同調・か細さ・場へ溶ける感じは薄い。
5種商品化・メディア化・コンテンツ運用として強い。
6種物語性はあるが、夢想・陰・混沌は主軸ではない。
7種議論性・挑発性・観客意識として強い。
8種身体印象から候補には入るが、感受性としては主軸ではなさそう。
9種オタク的集注・独自世界・深掘りで最有力。
10種場づくりはあるが、包容・世話の10種主軸ではなさそう。

こうして見ると、岡田さんの中心候補はかなり絞られます。

9種、1種、5種、7種。

この4つです。

その中でも、主軸候補としては9種。 知的機能として1種。 商品化・メディア化として5種。 議論性・挑発性として7種。

この整理が、現時点では一番しっくりきます。

中田敦彦さんとの比較|講義の中田さん、批評の岡田さん

ここで、これまで分析した中田敦彦さんと比較すると、岡田さんの特徴がかなり見えやすくなります。

中田さんも、1種的構造化が強い人物として見ました。

ただし、中田さんは、

知識を分かりやすく整理し、視聴者を前へ導く人。

です。

中田さんは階段を作ります。

難しい話を、順番に、分かりやすく、視聴者がついてこられる形にする。 そして、理解から行動へ導く。

一方、岡田さんは違います。

作品や人間や社会の裏側を解剖し、見えていなかった構造を露出させる人。

中田さんは講義。 岡田さんは批評。

中田さんは階段を作る。 岡田さんは裏側をめくる。

同じ1種的構造化でも、かなり違います。

中田さんの構造化は、視聴者を前に進ませるための構造化。 岡田さんの構造化は、隠れたものを見せるための構造化。

この違いは、記事シリーズの中でもかなり面白い対比になると思います。

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タモリさんとの比較|余白の9種、語る9種

タモリさんも、9種的な独自世界を持つ人として分析しました。

ただし、タモリさんは、それを押しつけません。

薄く出す。 余白として置く。 場の空気を少し変える。 気づいたら視聴者がタモリさんの世界に入っている。

タモリさんの9種性は、かなり淡い。 自分の世界を持ちながら、前に出すぎない。

一方、岡田さんはもっと語ります。

解説する。 構造化する。 商品化する。 見せる。 反応を取る。

同じ9種的独自世界でも、出し方がまったく違います。

タモリさんは、9種的世界を「余白」として出す。
岡田さんは、9種的世界を「解説」として出す。

ここは、非常に面白い違いです。

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有吉弘行さんとの比較|一言で刺す有吉さん、長く解剖する岡田さん

有吉弘行さんにも、9種的な急所感があると見ました。

有吉さんは、一言で刺す人です。

相手のキャラクター、世間からの見え方、隠したい滑稽さを、短い言葉で射抜く。

一方、岡田さんは、長く解剖します。

有吉さんは、瞬間の急所。 岡田さんは、構造の解剖。

どちらも見抜く力があります。

ただし、出し方がまったく違う。

有吉さんは、笑いの中で一瞬刺す。 岡田さんは、語りの中で構造をめくっていく。

体癖的に見ると、どちらも9種的な鋭さを持ちながら、有吉さんは8種的な距離感と5種的な生存戦略で使っている。 岡田さんは、1種的な構造化と5種的な商品化、7種的な議論性で使っている。

この違いが面白いです。

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マツコさんとの比較|情の毒と、構造の毒

マツコ・デラックスさんは、8種的な情と毒の人として見ました。

マツコさんは、世間を斜めから見る。 綺麗ごとを疑う。 でも、最後は弱い側の居場所を少し残す。

マツコさんの毒には、情があります。

一方、岡田さんの毒は、もっと構造的です。

人間の欲望。 物語の裏側。 作家の執着。 視聴者の期待。 社会の仕組み。

そうしたものを剥がして見せる。

マツコさんは、人間の弱さを見捨てない。 岡田さんは、人間の欲望や物語の構造を剥がして見せる。

温度が違います。

マツコさんは、傷ついている人の側に少し立つ。 岡田さんは、「なぜその人がそうなっているのか」を構造として見せる。

どちらも人間を見ている。 でも、見方がまったく違う。

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岡田さんの強み|「そういう見方があったのか」と思わせる力

岡田さんの最大の強みは、視聴者に、

「そういう見方があったのか」

と思わせる力だと思います。

作品を見た。 面白かった。 でも、なぜ面白かったのかは分からない。

ある人物を見た。 なんとなく違和感がある。 でも、その違和感の正体が分からない。

ある社会現象が起きた。 みんな騒いでいる。 でも、裏で何が起きているのか分からない。

そこに岡田さんが、構造を出す。

「これはこういうことなんじゃないか」 「この作品の本当のテーマはここなんです」 「この人がやっているのは、実はこういうことです」 「みんなが見ていないのは、この裏側です」

そう言われると、視聴者の見方が変わる。

これは、9種的な深掘りと、1種的な構造化が合わさった力です。

岡田さんの危うさ|構造化しすぎること

一方で、岡田さんの強みは、そのまま危うさにもなります。

構造を出す。 裏側を読む。 隠れた欲望を見抜く。 作品や人間を解剖する。

これは非常に面白い。

しかし、構造化が強すぎると、本人や作品の持っている曖昧さを、語り手側の構造に回収しすぎる危険もあります。

「本当はこうだ」と言い切る。 「この作品はこういう構造だ」と断じる。 「この人はこういう欲望で動いている」と読む。

それは刺激的です。

でも、現実はもう少し曖昧かもしれない。

作品も、人間も、作り手自身も、自分で説明できないものを抱えています。

そこまで構造に回収してしまうと、解像度が上がる一方で、余白が失われることもある。

ここは、岡田さん的語りの魅力であり、同時に注意点でもあると思います。

体癖的に言えば、9種の深掘り、1種の構造化、7種の断言性、5種の商品化が強くなりすぎると、

複雑なものが、強い語りの構造に回収されすぎる

ことがある。

これは、岡田さんを楽しむ側も、少し意識しておくとよい距離感だと思います。

岡田さんの「注目型」は、かなり高度な自己分析かもしれない

ここまで見てくると、岡田さんが自分を「注目型」と見るのは、かなり興味深い自己分析に思えます。

岡田さんは、能力だけ見れば、法則型っぽい。 体癖的にも、1種・9種の知性が強い。

でも、エンジンは「見られること」「反応されること」「語りによって場が動くこと」にあるのかもしれない。

だとすると、岡田さんの注目型は、単なる目立ちたがりではありません。

むしろ、

自分の中にある濃い構造や独自世界を、他者の反応によって成立させていく欲求

に見えます。

自分だけが分かっていてもつまらない。 人に語って、反応が返ってきて、場が動いて、そこで初めて自分の分析が完成する。

そういうタイプの注目型です。

この意味では、岡田さんは、

法則型の能力を持った注目型

なのかもしれません。

そして体癖的には、

9種・1種的な中身を、5種・7種的に外へ出す人

と読めます。

今回の暫定結論

ここまで見てきたことをまとめると、今回の分析における暫定結論はこうです。

岡田斗司夫さんは、体癖的には9種的なオタク的集注が最も強く見える。
そこに1種的な構造化能力が重なり、5種的に商品化され、7種的に議論化されている。
さらに、本人が4タイプで自分を注目型と見る点を踏まえると、その9種・1種的な内的世界は、閉じた探求ではなく、人前で語られ、反応されることによって駆動する性質を持っている。

短く言えば、

9種の深掘り、1種の構造化、5種の商品化、7種の議論性、そして注目型的な「見られる欲求」。

これが、現時点での岡田斗司夫さんの仮説です。

ただし、主軸を一つに絞るなら、私は現時点では9種寄りで見ます。

理由は、岡田さんの核にあるものが、単なる知識整理ではなく、対象への入り込み、オタク的な偏愛、作品や人間の裏側を解剖する集注に見えるからです。

ただし、純9種ではありません。

閉じた9種ではなく、注目型的に外へ語る9種。

ここが、岡田斗司夫さん分析の一番面白いところだと思います。

まとめ|岡田斗司夫さんは、独自世界を「見られる語り」に変える人

岡田斗司夫さんを体癖的に見ると、単なる「知識人」や「オタク評論家」では終わりません。

9種的に深く掘る。 1種的に構造化する。 5種的に商品化する。 7種的に議論化する。 そして、注目型的に、人前で語り、反応を受けることで、その分析を成立させる。

この複合が、岡田さんの独特な存在感を作っているように見えます。

一言で言えば、

岡田さんは、独自世界を深く掘り、それを人に見られる語りとして外へ出す人。

ここに、岡田斗司夫さんの体癖的な面白さがあると思います。

もちろん、これはあくまで一視聴者としての考察です。 本人の本当の体癖や内面は、本人にしか分かりません。

ただ、体癖分析は、最初から正解を当てるものではなく、観察し、比較し、仮説を立て、新しい情報が出たら修正していくものだと思います。

今回の岡田さん分析では、ひとまず、

岡田斗司夫さんは、9種的なオタク的集注を軸に、1種的構造化、5種的商品化、7種的議論性を重ね、さらに注目型的に外へ語る人。

という仮説で見てみました。

今後、岡田さんの著作や動画、4タイプ分析そのものへの考え方、対談での振る舞いなどをさらに見ていくと、また別の見え方が出てくるかもしれません。

そのたびに仮説を修正していく。

そういう余白を残しておくこと自体が、体癖という人間観察の面白さなのだと思います。

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